2010年2日(土)

gatos
ヒーターを5匹占めw。我が家の5匹猫から今年も宜しくニャン。

弘前から叔父夫婦のいる大阪へ家出をしたのは「日本海」がまだ
急行列車だった1960年初期、わたしが中学生の頃だった。
(この時のエピソードはこちら「急行日本海:夜汽車に乗って」で
どうぞ。)

当時、地方の多くの若者がそうであったように、わたしも父に反抗
する気持ちも加わって、「都会」への憧憬は強かった。
立て続けに家出して押しかけるわたしに、叔父夫婦は「困ったもの
だ」と思ったことだろう。が、当時子供がいなかったかれらは結局
わたしを引き取ってくれたのだった。1年後には高校受験を控えると
言う中途半端な時期ではあったが、中学3年生を大阪で過ごすこと
になったわたしは大いに嬉しかったものである。

そうして始まった叔父夫婦との1年間は、わたしの人生の最初の
転換期になったと思う。

思春期のわたしにとっては都会に生活することもそうだったが、
叔父夫婦が、田舎では見られない新鮮なカップルの姿に見えたもので、
その夫婦のあり方に当時は少なからず憧れたりしたものだ。
しかし、一方で、経済的な不自由はなしと言え、「他人の釜の飯を
食う」ということがどんなことなのかも、薄っすらとではあるが知
ることができた時期だ。

洒落たことに、それまでは朝食は納豆にご飯だったのが、叔父の
ところでは食パンにバターやマーマレード、ハムエッグにミルクに
変わり、週末には彼の運転で京都や奈良へドライブしたりなどして、
弘前にいては経験できなかった多くを見聞できたものだ。

それらの見聞のなかでも特に忘れられないのが「シネラマ」だ。
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ー続きはここからー

シネラマというのは、映画のスクリーンが湾曲しており通常の3倍
ほどの大きさになったもので、日本全国で、そのスクリーンを持っ
た映画上映ができたのは東京と大阪に二箇所あるのみだった。

湾曲した巨大なスクリーンで見る映画は音響も当時の普通の映画
館で見るのとは俄然違い、映画の中に観客をひきこむような迫力
があった。大阪の梅田界隈だったと記憶しているそのシネラマ劇場
に叔父に連れられて観た映画は「これがシネラマだ」「世界の七不
思議」、そして「西部開拓史」だ。

中でも、原題が「How the West Was Won」(=西部はいかにして
勝ち取られたか)の「西部開拓史」は、以後わたしの最も好きな
映画のひとつになった。
もっともこれは白人の側からの歴史で、アメリカン・インディアン
からすると虐殺の歴史にも通じるのだが、本日はそこを置いといて。
映画は、大平原を越え川をいかだで渡り、森を切り開いてひたすら
西部を目指す1830年代から半世紀にわたるある家族の3世代の
物語。

出演はジェイムス・スチュアート、グレゴリー・ペック、ジョン・
ウェイン、リチャード・ウィドマーク、ヘンリー・フォンダ、キャ
ロル・ベイカー、デビー・レイノルズといった、当時のハリウッド
きっての豪華キャストで、アメリカの開拓歴史とともに西部劇の面
白さが結集された作品でもある。

165分の上映時間の長さを忘れてしまう程興奮の連続であった。
その映画でわたしは初めて「フロンティア精神」と言う言葉を知り、
「アメリカ」という国のとてつもない大きさ、逞しさに15歳のわ
たしは圧倒されたものだ。

インディアンの襲撃や川をいかだで下る恐ろしいシーンなど、手に
汗握る興奮の160分は瞬く間に過ぎ、生き残った3代のジェネレ
ーションを乗せた幌馬車が大西部の砂漠に消えて行くラストシーン
は今でも鮮やかに思い浮かべることができる。

さて、新年のご挨拶もそっちのけにして、昔観た映画の話をし始め
ているのですが、わたしにとってこの映画はまさに新年にふさわし
いものなのです。

映画の中でデビー・レイノルズが度々歌い、ラストシーンでも昂揚
的に流れる歌が、以来わたしの頭から離れなかったのでした。
今でこそ、この美しい歌の原曲が「グリーンスリーブス」だと分か
るものの、当時は歌の題名も知らず、上映中に覚えたメロディーと
歌詞の一部「Away away come away with me 」「Come Come
ther is a・・・・」これのみが、映画のラストシーンとともにいつ
までも耳から離れることがなかったのです。

この歌が流れるラストシーンは、3代の家族の過去と現在、未来を
つなぐ希望の歌であるような気がして、その高揚感がたまらなかっ
たのでした。

メロディーと耳に残った歌詞の一部を時折口ずさみながら、歌の題を
知りたいと思いながらずっと分からぬままに、やがて1年後、わたし
は生まれ故郷弘前で高校受験をし、当時の新設南高校に第一期生と
して入学しました。

ある日、音楽の授業で若い女教師が「今日はこの歌です」とピアノ
で引き出した曲に、わたしは頭をガーーンと殴られたような衝撃を
感じたのでした。
なんと、それはわたしが知りたいと思ってきたメロディではないか!
手渡された楽譜をまじまじと見つめながら、その偶然に震える思い
で、その歌を歌ったのでした。

わたしたちが覚えた歌詞は以下。

 ♪みどりの並木に そよ風吹く頃
  わたしの心も 緑にもえる
  あなたとともに 語る日近いと
  ばら色の雲が 呼びかけて 過ぎて行った

          イングランド民謡「グリーンスリーブス」


後に英語でも知ったのですが、しかし、あれ?「西部開拓史」で
自分が聴いた歌詞とは違うではないの?

♪Alas, my love, you do me wrong
 To cast me off discourteously 
 For I have loved you well and long
 Delighting in your company.

ああ愛する人よ、
つれなくわたしを捨てた残酷な人
心からあなたを慕いそばにいるだけで
幸せだったわたしなのに。


なんだか違うぞ^^; これは恋人に捨てられた恨みつらみの
歌ではないか?
ついでに書きますと「Greensleaves」と言うのをわたしは
辞書でろくに調べもせず長い間高校で習った歌詞の影響で、
「緑の並木」くらいに思ってきたのだが(いい加減な。笑)、実は
とんでもない!

一説では、Lady Green Sleeves、つまり「緑の袖」とはイギリスでは
かつてその職業を表す印として、娼婦がつけることを求められたの
だそうで(Wiki) いやはや、それが事実をすれば長年の勘違いも
はなはだしいもの!

ネットがなかった時代は下手するとこういう勘違いはずっとその
まま生涯していたりすることが考えられるわけで^^;

さて、しばらく前に、西部開拓史」をyoutubeで検索してみました。

すると、おお、出た!デビー・レイノルズがきれいな英語の発音で
歌っており、わたしも15歳の昔と違い、今度はしっかりと歌詞が
聴き取れました。

♪Away away come away with me
Where the grass grows wild
Where the wind blows free
Away away come away with me
And I'll build you a home in the meadow….

Come Come
There's a wondrous land
For the hopeful heart, for the willing hand
Come, Come
There's a wondrous land
Where I'll build you a home in the meadow


タイトルも「Home In The Meadow=草原の家」と、恨みつら
みのぐだぐだ言った原曲を遥かにしのいで、大いなる希望を
抱かせるようなデビーの歌は、わたしが抱いていたイメージ
そのものです。やっと、やっと巡り合えたわたしのあの歌!
新たな希望が全身に涌き出て来るような素晴らしい曲調です。

毎年新しい年が明けるたびに、わたしは密かに心の中で
このメロディーを口ずさんで来たのでした。

Away away come away with me
Come Come
There's a wondrous land

「さぁ、わたしと一緒に行こう。
わたしと一緒に希望の土地へ行こう」
 
このようなわけで、グリーンスリーブス、いや、デビー・レイノル
ズの「Home in the Meadow」は、15の大阪時代からほぼ半世紀を
経た今も、我が心の中ではエバーグリーンの希望の歌であります。

本日は新年のしょっ鼻から、ずらずらと文字ばかりが並んだブログ
出だしになりましたが、皆様、つつがなく新年をお迎えでしょうか。
下記、画像にて、新年のご挨拶とさせていただきます。
正月挨拶

なお、下記youtubeでは「西部開拓史」のラストシーンが見られます。

また、こちらでは、西部開拓史のいくつかのカットと共にデビー・
レイノルズが美しく歌い上げている「Home In The Meadow」が聴けます。

では! 
コメント
懐かしいです
はじめまして。いつも楽しませて頂いております! 中学生の時、シネラマへはよく通いました。梅田のOS劇場の前身です。
シネラマがきっかけで外国への憧れが芽生え、こつこつ貯金を始めたものです。
「世界の七不思議」とかケネディさんがジャクリーンさんと世界一周をするのとか、地中海の旅のとか・・・いろいろありましたね。
2010/01/02(Sat) 22:23 | URL | 大阪人 | 【編集
Greensleeves on my mind
あけましておめでとうございます(^^)
グリーンスリーブス、あっしは小学校の音楽の時間で覚えました。
学校帰り歩きながら、縦笛でよく吹いたものです(^^)

笛と言えばご存知かもしれませんが、
Michala Petri
という人がすばらしいのでおすすめでございます(^^)
オフィシャルサイトでは曲がとめどなく流れているので
ネットで巡回しながらのBGMに丁度よかったりします。

http://www.michalapetri.com/

ということで、
今年もよろしくお願いします(^^)
2010/01/03(Sun) 01:06 | URL | ぎたれれ | 【編集
>大阪人さん

コメントをありがとうございます。
梅田OS劇場劇場の前がシネラマ劇場だったのですね!
成人してから、結局わたしは一時は上京したものの、
数ヶ月の滞在で終わり、結局大阪に移り、以後渡米する寸前まで
大阪住まいでした。

大阪人さん、ひょっとして梅新にあったアサヒ・ビアハウスも
ご存知ないですか^^?
もし、ご存知でしたら、是非一度、わたしの別サイト、
下記の「あの頃、ビアハウス」へお時間のあるときにでも
ご足労いただけたら嬉しいです。

http://www.geocities.jp/spacesis_pt/html/beerhouse/beerhouse-top.htm

それでは、今後ともどうぞ宜しくおねがいいたします!

>ぎたれれ君

メロディが美しい上に覚えやすいものね。
ところで、Michala Petri、早速聴いてみました。済んだ音色でいいですね!
確かにBGMによし^^
くせになりそうですぞ。

こちらこそ、本年も宜しくお付き合いください。






2010/01/03(Sun) 03:28 | URL | spacesis | 【編集
spacesisさん、
あけましておめでとうございます。
さっそくYoutubeもみてみました。映画全編観てみたいです。 
中学生で、親元を離れられたことがあるんですね。 私は、高校生の時でしたが、よその家で暮らすとは こういうものなのだ、と実感し、精神的に少し成長したかもと思える日々でした。
2010/01/03(Sun) 08:14 | URL | かたこ | 【編集
>かたこさん

新年明けましておめでとうございます。
西部開拓史、わたしもDVDかビデオを入手するつもりです。
あの感動をもう一度!というところでしょうか。

そう言えばかたこさんもそうでしたね^^
何がと言うわけではないのに、何だか哀しいと思ったことも
何度かありましたよ。人の家に同居すると言うのは、
家族同居とは違い、色々あるものですね。
わたしもあの時、少し物事を考えるようになったと思っています。

目下、テレビがないかたこさん一家、大阪時代の20代後半、
わたしもテレビを持ちませんでした。わたしの生活の音は
もっぱらステレオとギターから流れる音楽でした。

でも、異国ではテレビは情報を得るためにも、言葉を覚えるためにも色々ためになりますね。
そういう意味では、一日も早くテレビが見られますように~~^^
2010/01/03(Sun) 09:31 | URL | spacesis | 【編集
アサヒビアハウス
いや~楽しませて頂きました!ありがとうございます。勿論知っていますが、その頃は子育て中でなかなか郊外から梅田へは出かけられませんでした。友達は数回行ったことがあるそうです。娘が8年前の夏休みにインドのベナレスでポルト出身の女子学生と友達になり、それがきっかけでこちらへ辿りつきました。その娘も国際結婚して海外に住み、子育てをしています。わたしはアマチュアのおばちゃんミュージシャン、ボランティア(っていうか、お金が取れないのが現実)で琴弾きをしています。日本人には見向きされなくても外国人にはウケます。いつか海外進出したいと思っていますが、持って行くのんしんどいな~♪
2010/01/03(Sun) 15:27 | URL | 大阪人 | 【編集
初めまして。ふと、この2月、FCポルトとスポルティング・ブラガの試合をスタジアム観戦しようと思いネット検索していたら、こちらのブログに辿りつきました。映画の話からすると一世代、小生のほうが若いようです。申し訳ない。ところでブログ主様、弘前に住んでおられたのですね。山の反対側、八戸に小学生の頃、住んでいました。今は故あってブログ主様の所縁の関西(吹田)に住んでいます。目の前の東海道線を夕方、ブログ主様の思い出が一杯詰った、青森行き「日本海」が通過していきます。その日本海も、2往復が一往復へ減便。東京行き銀河も消滅。ブログ主様世代の郷愁が漂う「夜汽車」は消滅寸前です。今度、帰国されたら是非、乗車されることをお薦めします。東京発、九州方面(あさかぜ等)は全滅しましたから。

ところで、食い意地張ったオジサン、ポルトの魚料理はさぞかし旨いんだろうと今から胸がときめいております。但し、ドイツなんかもそうですが向こうの一人前は、日本人の2人前でゲンナリしそう。英語は話せますが当然、ポルトガル語はチンプンカンプン。スペインのバルみたいなところがあるのなら目の前でアサリだ、タコだ、イワシだと見てわかる”小皿料理”を2、3品頼んで喰うほうが無難かなとも思っています。

たぶんサンベント駅あたりの安宿に投宿すると思いますが、ブログ主様、お薦めの”安くて旨い”、”あまり量が多くない”飯屋(飲屋)がサンベント駅近くにありましたら教えてください。

余計なお願いしてしまい申し訳ありません。

ではでは
2010/01/04(Mon) 02:38 | URL | Werder Bremen | 【編集
>大阪人さん

アサヒビアハウスをご存知だったとは嬉しい!
また、インドでポルト出身の人に娘さんが出会ったことが
きっかけで当ブログにお運びいただいたのも何かの縁です、
どうぞ、今後も当ブログに遊びにいらしてください。

お琴の海外進出を考えていらっしゃるとか、下記のサイト、
お役にたたないでしょうか^^

http://www.iffjapan.or.jp/(財団国際親善協会サイト)

2010年のJapan Weekはポルトで開催されます。
このコンサート部門、参加可能性があると思います。
楽器は財団が運んでくれる手はずになっています。
一度案内で参加に関する詳細を読んでみてください^^

>Werder Bremen さん

八戸に住んだことがある!これはこれは^^
近くをわが思い出の「日本海」が通過するとは。
夜行列車の匂い、まだカスカに覚えていますよ。

ところで、ポルトガル旅行の予定がおありですか?
当地もレストランの量は日本人からすると2人前で、30年住んで
いるわたしですが、未だに食べきるのに苦労しています(笑)

さて、スペインのバルのようなところは、ポルトガルにもあるには
ありますが、いわゆる「場末」の立ち飲み屋で、こちらの一般の
人は足を運びません。

レストランではなくて「Cervejaria(セルヴェジャリーア)」へ
行くのはいかがでしょうか。
セルヴェージャ=ビール。生ビールが主ですが、もちろん
ワインもあります。それに、つまみのタコ、貝類、エビ、カニ
(この二つはちょっと値がはる)なども食べられます。

なお、イワシは普通旬の6月のサン・ジュアン祭り前後以外は、
普通レストランではメニューに載りません。
あったとしてもたいてい「冷凍もの」です。

ただ、いわゆる「一杯飲み屋」もダウンタウンの路地に入ると
ぶつかると思います。
ちょっと覗いてみて、怪しい雰囲気でない限りは入ってみても
よろしいでしょう。
実際に日本人の旅行者で現地の事情を知らないで入った人を
何人か知っています。美味しいのだそうです。
但し、夜はお薦めいたしません。

よい旅行になるといいですね。
2010/01/04(Mon) 09:02 | URL | spacesis | 【編集
早速、教えていただき有難うございました。
居酒屋みたいな感じでしょうか、Cervejaria(セルヴェジャリーア)。ドラゴンスタジアムに行く前か後、立ち寄ってみようと思います。

ところでspacesis様、日本語を現地で教えておられるのですね。お礼と言ってはささやかですが(↓)。
http://www.tufs.ac.jp/blog/ts/g/cemmer/social_02.html
日系ブラジル人(の児童)向けの教材。勿論、無料で使えます。東京外大の作ったものですから本格的?ブラジルとポルトガルのポルトガル語で違いはあるでしょうが、方言程度の差かな?実は小生、会社勤めをしながら専門学校にも通い、日本語教師養成講座(420時間)、フゥーフゥー言いながらもナントか皆勤、修了。リタイヤ後、JICAシニアボランティアでもチャンレンジしようかと・・・。

またまたサッカーの話で恐縮ですが、ポルトガル人、サッカーの代表チームは応援するけどおらが街のクラブチームにはあまり熱を上げないのですか?欧州大陸内のクラブチーム同士の対決、UEFAチャンピオンズリーグというカードがこの2/17にあります。2004年頃、古い話ですが、当日、前日でもFCポルトVSチェルシー、又はインテルなんて日本のサッカー好きには涎が出そうなチケットでもスタジアムのチケット売り場で手に入ったと書いてあります(↓)。
http://travel.macbb.com/blog/2004/12/7b.html

http://www.geocities.jp/bulgariayogurt/soccer.htm

現地在住の方の率直な意見が伺えたら幸いです。

ではでは
2010/01/04(Mon) 14:14 | URL | Werder Bremen | 【編集
>Werder Bremenさん

cervejariaはレストランとあまり変わりがありません。
レストランは食事時間が限られ、それを過ぎるといったん
閉店します。
cervejariaはいつでも開いていますので、自由な時間に
入ることができ、cervejariaの看板があがっています。

外国の子供に日本語を教えるのは大変難しいですから、
わたしの日本語教室は18歳以上で上限はありません^^
でも、ご紹介いただいたサイト、今度ゆっくり拝見いたしますね。
ありがとうございます。

さて、サッカー熱ですが、もちろん地元チームを応援する人は
わんさといます^^大きな試合の後などは、車のクラクションで
真夜中でもうるさいくらいです。

ただ、東京の全人口がポルトガルの人口だということを考えると、
よほど大きな人気試合でもない限り、切符が手に入らないことは
あまりないのではないかと、これはわたしの推察です。

ちなみにわたしはサッカー音痴、見る試合はWカップくらいです^^;
2010/01/05(Tue) 07:03 | URL | spacesis | 【編集
グリーンスリーブス
懐かしいうたです。私が経験したある想いが、そのまま文章になっていて驚き、「やはり、この歌詞であっていたのだと、感慨深く読ませていtだきました。40年近く疑問に思っていたことが解決しました。ありがとうございました。
2017/04/21(Fri) 19:35 | URL | 小紅 | 【編集
コメントをありがとうございます。
小紅さん、二回目でしょうか?

似たような経験をするのは、よくあることかも知れませんね。

長い間の疑問もパソコン検索で解決の糸口が見つかったりする現代は、本当に便利な世の中だと思います。

これからもどうぞよろしくお願いいたします。
2017/04/22(Sat) 03:44 | URL | 小紅さん | 【編集
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