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2010年4月8日 

ミラガイア
ドウロ川沿岸の家並み

忙しいのと天気が落ち着かなかったのとで、ポルト散策がなかなかできなかっ
たこのごろでしたが、土曜日は昼食を外でしがてら、もう何年も前から気に
なっていた「モンシーク修道院=Comvent do Monchique)」を探しに行って
きました。

こういう探し物探検は一人で行くのが好きなのですが、休日に夫をほったらか
しては、ちょっとまずい^^;で、話に水を向けてみると一緒に来ると言う。
「いや、ぼくはいいよ」をちょっと期待しなかったわけでもないのだが、仕方
ない、連れていくか(笑)

このモンシーク修道院ですが、実はあまり人に知られていない。
検索してもこのあたりにある、とは書いてあるのですが、はっきりした所在地
が見つからない。

そこで週に一度、わたしがレッスンを受けに行っている、ポルトガル語の先生、
かつてはポルトの私立学校ロザリオの先生で我が子達のポルトガル語も見て
くださったのですが、モンシーク修道院がどこにあるか、たずねてみました。

と言うのは、10年ほど前に定年退職し、インターネットなどもしっかり勉強
して、悠々自適の生活、話題が豊富な方で、わたしは大好きなのですが、その
昔、神学を学んでおられたのです。
神の愛をとるか、愛の神をとるか、とタイスのごとく悩んだ末、愛の神を選ん
で結婚、教職に長年就かれたお方です。(註:タイス=オペラ「タイス」の
主人公。ただし、タイスは女性。「タイスの瞑想曲」は下記で聴けます)

そこでモンシーク修道院がどこにあるかご存知なのではとたずねたところ、
「それはアルガルブ(ポルトガル南部)にあります」
と夫と同じことをおっしゃる。
「先生、ポルトにもあるとどこかで読んだ記憶があるのです」
「ふ~~む。聞いたことがないぞ」

モンシーク修道院の話はそこで終わってしまったのですが、翌週レッスンに
出かけると、
「オ・ドナ・ユーコ!これは参ったな。ポルトにもあるとは!」
「正確な住所はわからないが、ドウロ川沿いの方だね。」
先生、あの後、ネットで検索したのだそうな^^
うほほほほ。モンシーク修道院に関しては、先生よりわたしの方が、先で
あったのよ^^

さて、ドウロ川に面した並びは小高い地所になる。車をゆっくり走らせなが
ら、あれかもこれかもと、修道院らしき古い建物を見つけては、車を止め、
急な坂道を2、3度上り下りしては、どれも見当違い。
細い坂道を見ると、ついどれどれ?と足を向けたくなるわたしとちがい、
普段平坦な道しか歩かない夫には細くて急な坂道など縁がない。
毎週土曜日午後にはジムに行く彼、
「もう今日はこれで運動十分だ。行かなくてもいいや」(笑)

さて、トップ写真にあるBanderichasのあたりを歩いたとき、ふと除いた
横の坂道(この頃にはもう上るのにくたびれかけていた)の突き当たりの
トップに像が乗っている古い建物が目に入った。
「ん?あれはなんだ?」
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ー続きはここからー

と、どんどん上に上るわたし↓
モンシーク3
ふ~む。廃墟で、表の鉄柵戸には錠がおろしてある。
モンシーク1

少しカメラを上方にずらしてみると、あっ!
モンシーク2

ここだ!ここに間違いない!上にはサンタマリアの像があるではないか。
 
モンシーク修道院の正式名は「Convento de Madre Deus do Monchique」
Madre Deus とは、聖母のことです。
それにしてもこの荒れ放題振りはあまりに気の毒ではないか。

わたしたちが見つけたのは、恐らく修道院の裏側ではないかと推察している。
と言うのは、正門になるファシャーダ(fachada)もその跡もないからだ。
モンシーク修道院のそのファシャーダが、現在どこにあるか、わたしは偶然
のことから知っているのであります。

モンシーク・ファシャーダ

画像が多少ぼやけて見えるのは、ガラス戸越しに撮影したからなのです。
これがモンシーク修道院にあったファシャーダですが、現在、ポルトのSoares
dos Reis国立美術館の庭に置かれていました。

しばらく前に、11月にポルトで開催されるJapan Weekの手伝い仕事で国立
美術館との会合で、Japan Weekの展示会場のひとつとなるギャラリーを見せ
てもらったときに、ふと目に入った庭のこれ。
「あれ?すみません。あのファシャーダ・・・?」と問うと、
「モンシークのファシャーダだ」と言います。
庭には、もうひとつ、一連のモンシークの遺跡と思われる細工のある壁が
デンと置かれていたのですが、まさか仕事をほったらかしてそっちの撮影に
走るわけには、なんぼなんでもいきません^^;
かろうじてこれだけ撮ることができました。

さて、ここからやっと表題の「ポルトガル文学・破滅の愛」であります。
原題は「Amor do Perdicao」(正確なポルトガル語スペル表記していません)
19世紀の文学者Camilo Castelo Brancoの作品のひとつで何度か映画化
されている、ゆうなればポルトガル版の「ロミオとジュリエット」です。

このモンシーク修道院を探そうと思い立ち、検索している途中で、この物語
の舞台だったことを知ったわけで、私自身は本そのものをまだ読んでいませ
んが(まだポルトガル語で文学を読めるほどの語学力と時間がない
ざっと以下のような内容とのこと。

家族から乱暴者と疎まれるシモンは父親のライバルの娘、テレザと恋に落ち
ます。あるひ、シモンはテレザを連れ去ろうとする彼女の許婚の従兄弟を誤っ
て死に至らしめてしまいます。二人は引き裂かれ、テレザはこのモンシーク
修道院に幽閉、シモンはポルト港から船で去ることを余儀なくされます。シモ
ンの乗る船をモンシーク修道院の窓から見送り、傷心のあまり息を引き取る
テレザ。その幻影を見てシモンもやがて重い病にかかり船中で亡くなります。

モンシーク修道院の建つ場所からはドウロ川がよく眺められ、この本の舞台に
選ばれたのはなるほどとうなずけます。

荒れ放題のモンシーク修道院は、財政的にも苦しい市当局、先だってポザーダ
として、なんとか復活したニコラウ・ナゾニの「フレイシュ宮殿」とは違い、
もう修復不可能だと思われ、恐らくファシャーダなど一部の遺跡は、国立美術
館に写されたのでしょう。

修道院にくっついて隣接する古い住居がありましたが、もしかするとこれら
の家からは修道院の中庭くらいが見られるかも知れず、いつか機会があれば
頼んで見たい気がしています。

ということで、モンシーク修道院は一応一件落着なのですが、この日もうひと
つ、発見があったのでした^^

それはまた後日に。

今日も長いグログを読んでいただき、ありがとうございます。
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コメント
相変わらず!?姐さまは
マイペースであたふた飛び回ってらっしゃる!
内のカミさんも毎日のように飛び回ってます。
今日、テレビで姫路城(別名:白鷺城)の天守閣が補修工事のため、後3日間でしかのぼる事も見る事も出来なくなるとの事で観光客が殺到しています。
5年後にお披露目とか!?
あらためて見ると日本のお城は美しいですな!
2010/04/09(Fri) 21:12 | URL | アイディアお捻りちゅう! | 【編集
奥方もお元気そうですね!

日本のお城は独特の美しさがあります。

まもなく我が故郷弘前の本丸の天守閣も
桜花爛漫となることでしょう。

あぁ、夜桜がみたいなぁ。

来年こそは!
2010/04/11(Sun) 00:49 | URL | spacesis | 【編集
こんにちは。津のブログを読んでたらコチラのブログに辿り着きました。写真が綺麗でオシャレなブログですね。羨ましいです
2014/03/27(Thu) 21:32 | URL | 萌音 | 【編集
萌音さん
初めまして。
訪問いただき、ありがとうございます。

写真は素人腕ですのでイマイチですが、ポルトガルのよさをお伝えできたら嬉しいです。

今後ともどうぞ宜しくお願いいたします。
2014/03/30(Sun) 06:24 | URL | spacesis | 【編集
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