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2010年7月26日 
always2
画像はWikipediaから。

先週は、就寝が2時3時とずっと寝不足が続きました。
どんなに遅く寝ても、教室が始まる時間は同じですから、朝はいつもどおりに
起床。しんどかった!

なんでそんなに遅くまで?と言いますと、これがです、うふふふふ、「Always
三丁目の夕日」「3年B組・金八先生」(1999年版24エピソード)をぶっ
通しで見たおアホであります。

横で夫が、
「まったく、よくやるよ。先に寝るからね」と呆れておりました。

本やビデオ、DVD類もそうなのですが、若いわけではあるまいし、後でどっと
堪えるのを知りつつも、わたしは読み始め、見始めると止まらんのです。
もう夕食もほったらかしになること度々で、ほんとにこれは悪習慣です。

そういう自己管理が出来ない性分を自覚してますので、普段は年に4、5回の
スピーチボランティアをしている補習校の図書から、その類を借りないように
しています。
が、先週の土曜日は一学期最後の授業日で、日本語教室を終えたその足で
借り出しにいってきました。

補習校関係で長年付き合いのある講師「いたちゃん」が、ボランティアでどこ
かからせっせとドラマ、映画をダウンロードしてDVD作成し、それを補習校の
図書に入れてくれます。ありがたいことなのです。

先日、送ってもらったDVDリストの中に「Always三丁目の夕日」のタイトル
を見つけ「おーー!やった!いたちゃん、ありがたい!」とそれを目指したの
ですが、「金八」も懐かしく、ついつい手を出して借りてきたのが運のつき。

「金八先生」の話は後日にするとして、「三丁目の夕日」はもう何年前になる
でしょうか。ブログ友ちゅうさんと話が盛り上がったことがあり、ネットで
そのオフィシャルサイトを何度ものぞきながら、観たいなぁと思ってきた映画
のひとつです。昔から涙腺が弱いわたしは、ホームページのノスタルジックな
音楽を聴いただけで、胸がいっぱいになります。
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ー続きはここからー

always1
画像はWikipediaから。

原作は1955年から1964年までの東京近郊にある「夕日町三丁目」を描
いた漫画とのこと。わたしの8歳から17歳までの昭和が背景で、東京タワー
が、まだできるかできないかの時代です。

この映画の町並み、アスファルトではない土の道、オート三輪車、キューピー、
フラフープ、タバコ屋の「新生」にいたっては、名前を耳にしてあっ!です。
久しく忘れていたいたことでしたが、亡くなったわが母が愛したタバコの商標
だったのを思い出しました。

青森から列車で上野に着く集団就職の「六子」ちゃん。中学時代のわが友にも
こうして集団就職列車で石川県に行った人がいます。なんだか切ないのです。

映画の中心のひとつのなる「鈴木オート」には、母の9人兄弟の中でも一番
出世した弘前の我が叔父の「マツダオート」と姿を重ねてしまいました。
モダン生活の三種の神器(じんぎ)と言われた、テレビ、冷蔵庫、洗濯機が
少しずつ、一般家庭に浸透していったのもこの時代です。
わたしも初めてのテレビは、この映画の中にあるように、ご近所へ観に行か
せてもらいました。

子ども時代から10代の終わり頃まで自分が生きたのがこんな時代だったの
だとの思いで見るものですから、たまらなく懐かしく、ちょっと感傷的にな
りました。

わたしが我が子達へのメッセージとして書き留めているエッセイに、別サイト
ですが、「昭和時代の思い出:「思い出のオルゴール」と言うのがあります。
この映画が1955年から1964年までとうたってありますが、丁度その
1964年の夏に、わたしは今回の映画を見た懐かしい思いとは別の、挫折し
たような心地で東京の夕日を見たことがあります。

後のわたしの歩く道を少し決めることになった出来事ですが、この夏の落胆
はほんま、のしかかる岩のように大きかったです。翌年からのわたしは、
これまでの多くの人とのつながりを断ち切ったようなところがあります。

今にして見ればそこまでしなくてもよかったと思われるのですが、若かった
のですが、そうすることで新しい道を自らの力で切り開けるの思いがあった
ような気がします。

A君という中学時代からのペンフレンドが東京にいました。
1964年、高校生活最後の夏、東京の新聞専売店の配達体験中の休みの日
を見て、手紙にある住所を頼りに、なんの前触れもなしにわたしはそのペン
フレンドを訪ねたことを覚えています。
いいのか悪いのか、思い立ったらぱっと行動に移す、落ち着きのない、そん
なことを繰り返す10代の頃でした。

Aさんとその時どんな話をしたのか、その後どうなったのか、何年も文通して
いながら、いい加減なことにわたしはよく覚えていないのです。
1964年の夏前後の記憶を、1964年の江東区の夕日がさらって行って
しまったのか。

「おいおい!優さん、それはないぜ、ったくもう」とAさんの声が頭のてっぺ
んに落ちてきそうです。はい。
落ちてきそうだというのはちょいと現実味があるでしょう?
実はそのAさんとは偶然が偶然を呼ぶ形で、昨年ほぼ半世紀ぶりに、再会し、
文通も再開したのですが、もちろん、ひっそりと色っぽく文を交わしてるわけ
じゃ、ござんせん。

だいたいが物事をうまく隠したり、嘘をついたりができない性分です、
「半世紀ぶりで昔のペンフレンドが見つかった!会ってくるよ!」と夫、モイ
ケル娘、(息子は母のこういうことにはあまり興味がなさそうでw)に宣言し、
所沢に住む我が妹にまで、

「ねね。覚えてる?ペンフレンドのA君。今度会うんだべさ~」なんて派手に
騒いだわけで、会って話をしてみるとAさんも同じように家族相手に騒いだ
のだそうな^^

「おまえさん、そろそろ少しは大人になったであろうか、人生は捨てたもん
ではないよ。」と、1964年に眺めた江東区の夕日が、あの頃をもう一度、
今度は別な方面からちらっと見せんがために、姿を現したような、そんな
思いにさせてくれたいい映画「Always三丁目の夕日」でした。

「一期一会」(いちごいちえ)は茶道の精神性から来ることばですが、その
説いているところは理解するとしても、「この人とは再び会うことはないだ
ろう」と、常に一生一度、誠心誠意で接していると疲れてしまうわたしなどは、
ええように勝手解釈しています。

わたしたちのただ一度の人生、一度は途絶えてもいつかどこかで再び遭遇し
得る、点と点をつなぐ出会いもまた、一本の線となる。
「一期とはひとつの人生、一会とはその人生で一本の線となる出会い」と
言えるかもしれないと。

ネット経由でわたしを見つけてくれたAさん、そしてブログ友や昔からの知り
合いのみなさんは我が人生の「一期一会」です。ええ加減なところのある
spacesisではありますが、どうぞ今後もよろしくお願いいたします。

って、なんだい、こりゃw センチメンタルジャーニーじゃあるまいし、三丁
目の夕日がこんな風になっちゃた^^;

今日もブログを読んでいただき、ありがとうございました。

「Always三丁目の夕日」のオフィシャルサイトはこちら

わたしのエッセイ「1964年・江東区の夕日」はこちら
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コメント
センチメンタルジャーニー!?
S姐さまらしい(?)・・・くもない!?どっちだか!?
幼い頃は「シャラ~リ シャラリ~コ♫」。
20歳代の頃は「ホテルカリフォルニア」の音楽。
懐かしさがこみ上げて来ます。
思わず、ちゅうの「猟奇的~」の「昭和の~」を見開いて当時を懐かしく見てしまいました。
それだけ年を取ったと言う事?
ある人は「孫の話と昔は良かった!」的な会話は極力避けているとの事。
まっ!人それぞれですが・・・!
ちゅうは・・・「今が良ければ!良い!後は野となれ山となれ!」派かな!?
2010/07/27(Tue) 10:13 | URL | 熱中症にごちゅう意! | 【編集
筆頭心得
何時の頃からか、茶ぁも飲まんし、映画もTVドラマも見ぃひん様になりました。【昭和ノスタルジー】も、致命的病!で薄れていきます。

昔、年寄り連中が【ぽっくり寺】へ、よく参拝に行っていました。爺様達よりも、婆様達が多かった、が、明治・大正の女性は賢くて達者揃い(非常に強い)ばっかりなのに「ぴんぴんころり」を常に願っていた。が、半分は息抜きだったのかなぁ?なぁ~んて、気の弱りでしょ、か、時々、思います、ねん。何の話やぁ‥しばかれそぉ。

足腰の鍛錬には、持って来いの【アルハンブラ宮殿】紀行、楽しみにして居ります。
2010/07/28(Wed) 03:18 | URL | がっぱ | 【編集
>ちゅうさん

笛吹童子ですね。
高校三年生もいいなぁ^^

なにしろお互い半世紀以上も生きてるんですからね!
あのころはよかった、とは言わないけれど、
今はずっといいけど、あの頃もそれなりに
よかったといいますか(笑)

後は野となれ山となれ式はわたしも時々やりますって(笑)
そ、Tomorrow is onother dayだw

夕焼けはいつもセンチメンタルになりますわ^^;

>がっぱ殿

わたしも、茶ぁ飲みまへん、でがらしのアメカフェですw
テレビドラマもめっきりいいのがなくなりました。

毎週楽しみにしていたジャック・バワー主人公の「24」終わってしまって
もうドラマの楽しみがなし。
そんなんで、テレビはあまり見なくなり、近頃は昔読んだ
「松本清張」など再読してます^^

男より女のほうがしたたかかも知れませんね(笑)

アルハンブラ、ただ今始めてますぞ。
今しばらくお待ち請う。
2010/07/28(Wed) 07:34 | URL | spacesis | 【編集
Boa tarde!
猛暑ですね~、ご機嫌いかがでしょうか?
我が家もバテテいます ^^;

さて、三丁目の夕日、ですが、実は私の両親が、私が小さい頃、この映画の原作となる西岸良平氏の漫画「夕焼けの詩」を第1巻からコレクションとして買い続けていまして、ずーっと読んでいたんです ^^
だから両親の言う「あの時代」が私にはよーく分かります ^^
シンガポールの家には夕焼けの詩が少し黄色くなって60巻ほど揃っていて、懐かしくなったら読み返し、それほどの大ファンだったので、映画化の話が出た時には「!!!」と大興奮したのを覚えています ^^
漫画はいまだに発売中で継続中とのこと、素晴らしいですね♪

本記事の〆、わらわせていただきましたw
でも一期一会って、本当にいい言葉ですよね ^^
私も毎日の出会いに感謝です ^^

大切なお子さんに残すメッセージをエッセイとして書き留めていらっしゃるんですね!
ステキなお母さんだぁ~♪

夕焼けの詩でも挫折感を味わいながら東京の夕日を眺めるシーンもありましたよ。

2010/07/30(Fri) 00:56 | URL | ピパーナ | 【編集
>ピパーナさん

おお!その原作、わたしも今度帰国したときに探してみましょう!

古いといえば、「蛍雪時代」というマンガもわたしの時代を描いたもので
郷愁をかんじます。

我が娘も日本の漫画には日本語や日本の文化を学ぶので
大変お世話になりました^^

子どもたちが愛読したドラえもんの漫画など、ピパーナさんのお宅の
マンガのように黄ばんで、残っています^^

挫折はできれば人にもして欲しくありませんが、そこから起き上がる
人には逞しさが見られます。人生は楽しいことばっかりある
わけではないものね。

漫画でもそんなシーンを見ると、わたしはきっと目が熱くなっちゃうでしょう。
2010/07/30(Fri) 22:11 | URL | spacesis | 【編集
夕焼けの詩
今年いっぱい待って頂けたら手持ちの全巻お貸ししますよw
11月末にシンガポールに戻り、荷物を発送するアレンジをしますので(あ、来年になりますかね ^^;)。
夕焼けの詩は何回も何回も家族で読み返して手垢(汚くてすいません ^^;)もついていれば黄ばみもあり、よい状態ではないのですが、ずーっと取っておきたい漫画です ^^

「蛍雪時代」、要チェックですね~。知りませんでした。でも興味深々です ^^

漫画漫画とあなどるなかれ、ですよね ^^
良い漫画は良い正しい教育にもなりえますし、人生の教訓書にもなりますもの ^^

私もドラえもん、30数巻持っていますw
レトロな漫画が好きなんです♪
2010/08/02(Mon) 23:53 | URL | ピパーナ | 【編集
>ピパーナさん

モイケル娘が読んだのでよかったら、わたしもお貸ししますよ^^

「星の瞳のシルエット」「銀色のハーモニー」「こどちゃ」
乙女チックですけど^^;
あ、「流浪人剣心」もあります!

夕焼けの詩と交換しましょう^^
2010/08/03(Tue) 04:07 | URL | spacesis | 【編集
漫画!
星の瞳のシルエットとかめちゃくちゃ懐かしいです~(嬉涙)!!
漫画交換しましょう!(大興奮w)

私の漫画達の来ポは今年末か来年初めになってしまいますが、お貸ししますね ^^

2010/08/03(Tue) 08:26 | URL | ピパーナ | 【編集
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