2018年3月12日 

定期的にレストランで食事会をする4人仲間がいますが、その中の白一点であるI氏から、3月○日に白内障の手術をするので、その後はしばらく飲めない。食事会をその前にしてくれない?と連絡が入りました。

してみると、昨年12月以降、それぞれ忙しかったのと1月は日本人会の新年会、2月は雨雨で、このところ、食事会を開き損ねていたのでありました。3月は日本語教室の恒例で年に一度の「日本語を話す会ことNHKパーティー」を来週18日に控えており、その後に食事会をしようと考えていたのですが、I氏の要請で、しからば11日というので、先週日曜日、久しぶりに会い、4人でワイワイガヤガヤ。場所はダウンタウンにあるいつものレストランMoinho de Ventoです。

レストランに入るといつもはわたしかI氏が一番先に到着するのに、なんと3人ともすでに席についているではないか。へぇ~、どうしたの、みなさん、珍しい、この日が待ち遠しかったのかなと思いながらもそれはおいとき、注文をし、飲み物がきたところで、かんぱい!

すると、大阪出身の我が友がおもむろに、「七十路の誕生日、遅ればせながらおめでとう。これ、みんなから」と手渡されたのが花束です。

2018_3_1.jpg

ははぁん、それでみんな言い合わせてわたしより先に来てたのねん^^

なにしろ、4人仲間では、いや、ポルトでも一番長くここに住んでおり、自慢にもならないが、年齢上もトップでござんす、う、うわ!と嬉しいやら、とまどうやら。「次のお祝いは77の喜寿やで~」との彼女の言葉にがび~~ん!いわんでもよろしいがな^^;

続けてその友、「なんか疲れてる?」と聞いてきました。実は寝不足だったのであります。何ゆえかと言うと、前日、3人に「食事会確認」のため「明日だよ。今回は雨が降っても槍が降っても実行なり」とメールを流したのであります。

天気予報ではかなり天気が荒れるとあったので、あまりに酷いときは通常なら食事会の日程を変更するのですが、今回はI氏の手術後には、わたしの帰国も控えており、今回できなかったら食事会で集まるのは5月になると思われたもので確認したわけです。

ところが、メールを流して、寝るには少し早い時間の11時ちょっと過ぎ、寝床に入ったのが運の尽きです。 案の定、夜中の3時ころに目が覚め、どういう訳か「槍が降っても」と送った自分のメールをふと思い出し、「あれ?もしかして、矢が降っても?」と、考え出したらもう眠れません。

やおら起き出してパソコンをつけ即検索です。お、大丈夫。間違ってなかった。と安心して再び寝ようと努力したものの、悶々として眠れず1時間後にはまた起き出していたのでした。

そんな理由を話すと、「考えすぎや、心配しすぎや」と全員に笑われ^^; いやぁ、いちおう日本語の先生をしてるもんで。テヘへへへ。

寝不足で、今回はレストランの後の2軒目のカフェを避けて早めに帰ろうと思っていたのが、結局向かいにあるカフェ「Progresso」でもう少し遊び、帰宅は6時をちょっと回っており。着くなり大急ぎで待っているであろう外ネコ4匹にエサを運んだのでありました。

一ヶ月に一度の食事会となると、ちょっときつく感じるのですが、2、3ヶ月に一度だと、怪しくなりつつある日本語でのおしゃべりも話しているうちに段々舌が滑るようになり、気の合った仲間同士だといい息抜きにもなると言うものです。

さて、今週日曜日はYY日本語塾主催のNHKパーティー(Nihongo wo Hanasu Kai)です。今から準備が始まるのですが、今日はこれから買い出しにひとっ走り行ってまいります。

それではみなさま、本日はこれにて!
にほんブログ村 海外生活ブログ ポルトガル情報へ blogram投票ボタン
2018年3月8日 

その国によって多少の違いはあるだろうが、欧米では、しばしの別れや暫らくぶりの再会の場では、「気をつけていってらっしゃい。」「会いたかったわぁ。」の思いを、抱擁や軽いキスなどのスキンシップで表現することが多い。

中には、しばしの別れと言っても、10時間ほど家を留守にするだけの別れ、つまり夫の朝の出勤時から帰宅時までですら、キスを交わして愛情表現をすることもあります。

ポルトガルはと言うと、お互いのほっぺとほっぺを軽くくっつける「beijinho(ベイジーニュ)」が日常茶飯事見られます。

例えば、街で偶然知り合い同士が出会ったとき、「あら~こんにちは^^」でbeijinho。どこかのお宅に招待され、到着して玄関先での挨拶も「いらっしゃい」のbeijinhoで、初対面の挨拶も多くはbeijinhoで始まります。

また家族同士でも、誕生日、母の日、父の日などの祝い事で。我が家では、息子や娘がポルトに帰ってきた時や再びそれぞれの生活の場に帰って行く時、夫が国内外にかかわらず出張で出かける時と帰宅した時などなど、beijinhoは愛情表現はもとより、挨拶がわりでもあるのです。

ポルトガルの人たちは生まれた時からこれをしているのですから、beijinhoの仕方が板についており、その場その場に応じてごく自然にできるわけです。

ところが、こういう習慣に慣れていない日本人のわたしは、最初は戸惑うばかりでした。まず、「どっちのほっぺを出せばいいの?」と迷っているうちに、beijinhoがすれ違って合わなかったことも度々(笑)
つまり、向き合って右と右、左と左のほっぺをくっつけるのですからね、相手が右を出すのに左のほっぺを出したらくっつくわけないのであります(笑)

こういうことを繰り返しているうちに39年、それでもまだ板についたとは言い難いわたしのポルトガル式挨拶ですが、面白いことに、日本に帰国した時に大好きな友人たちと久しぶりに会った時など、思わずほっぺたを突き出しそうになる自分にハッと気づいたりするのでした^^

この挨拶の仕方を、好きでもない人とするのは嫌だ、と一時は鬱陶しく思ったこともありますが、家族、親しい間柄の枠内では、さりげないようで情のこもったジェスチャーだと、ここ数年思い始めたのでした。
もちろん、日本人の愛情表現には、慎ましさがうかがわれ、時としてたおやかな美しさをわたしは感じることがあり、それもまたいいものだと思う気持ちに変わりはありません。 

ここに一枚、「beijinho」と題する、幼いジョン・ボーイ(息子)と今は亡き叔母のスナップショットがあります。わたしの好きな写真の一枚です。

nuikooba2-1.jpg
 
ところで、大事な事を付け加えませんと(笑)
異性同士、女性同士はbeijinhoをしますが、男性同士はしません。男性同士は軽く抱き合い、肩や背中を叩き合うのが男性同士の親しみをこめた挨拶の仕方です。

本日はこれにて。
にほんブログ村 海外生活ブログ ポルトガル情報へ blogram投票ボタン
2018年3月5日

卒業式の季節です。
ポルトガルになくて日本にあるものの中で、わたしがいいなと思われるのにその卒業式がある。

入学式、始業式、終業式、卒業式、そして入社式まで、わたしたち日本人はこうして儀式をすることにより、始まりと終わりのけじめをつけて新たな道を歩み始める。今日は昨日の続きなのだけれど、襟を正して旧世界に別れを告げ新世界に歩み入ると言えるだろう。気持ちの上で、であるが。

そこで、今日はポルトガルの大学卒業証書をチラと紹介しようと思う。
2007年にリスボン大学を卒業した息子の証書ですが、金属製の筒に入っており、筒の表面にはリスボン大学の紋章が刻まれている。

diploma

この卒業証書だが、卒業式なる儀式がないポルトガル、即座にはもらえない。息子の場合、証書を手にしたのはなんと、卒業して2年半も経ってからでしたぞ。

しかも「証書、どないなってまんの?」とこちらが電話で問い合わせてからです。いやもう、さすが、何事もゆったりのポルトガルであると思ったのだが、当時、証書のことをすっかり忘れていたわたしたちもかなりポルトガル化したものだと、変な感心をしていたものだが、実は息子の手落ちだったらしい。

卒業証書の発行には半年くらいかかり、生徒が受け取りに行くのが通常なようで、息子はどうやら受け取りに行くのを忘れていたらしく、受け取り主を待って放ったらかしになっていたのだという。なんちゅうことを^^;

この大卒証明書発行には当時は100ユーロほど払わなければならわなかった。

証書が我が家にとどいた2009年、本人は既に日本にいたので、替わりにわたしたちが開けて見た↓

diploma

証書は全てラテン語で書かれており、当人の名前はもちろんのこと、その次に「誰々の息子」と、わたしたち両親の名前も記されていた!

うわ!これは嬉しい^^ この証明書は6年間も息子の経済的サポートをしてきた親の証明書でもあるがな^^と喜んだわたしである。

diploma
  
証書に付随しているリボンの水色は理学部を表し、銀の印章は終了したコースのロゴだろうか。

わたしは日本の大学卒業証明書を見たことがないので違いが分からないが、似たようなものだろうか?と書いて、モイケル娘の卒業証書をまだ見せてもらっていないことに今気がついた、なんとものんびりな親ではあった。

さて、世は「資格」の時代で、大学、専門学校などのように数年かけなければならないのから、短期間学んで意外と簡単に手に入れられるものまで多々ある。

山ほどの種類で、どれにも共通する事のひとつが、資格コースのための学資である(笑)子をサポートできる経済力のある親を持っているなら、子は幸運です。

資格云々に限らず、お稽古事、趣味もそれ相応に資金はいるものだ。わたしは若い頃、親元を離れて大阪でアパート暮らしをしていたのだが、親元から通うのと違い、若い女一人が働いて生活するのは経済的に厳しいものだった。田舎の両親は自分たちの生活でカツカツなのを知っていたので、「今月は足らんから、ちょっと金送れ」とは、口が裂けても言えるわけはなかった。

若い美空なのに、化粧品も衣服もあまり買えなかったのだが、えさ代がかかる猫だけは野良を拾い上げてしっかり飼っていた。そして、東京で我がモイケル娘のして来たことは、遠い昔の自分と似たようなことだと気が付き、当時は少し同情すると同時に一人苦笑していたものだ。

当時、わたしが帰国時に耳にしたことは、「化粧品代に金かかるから、今はスッピンで出勤だぁ~」(爆)以来、スッピン状態は結婚した今日にも至っている。

一度などは、わたしがポルトガルに帰りしな、一緒に成田空港まで見送ってくれたのだが、出掛けに靴に足を入れたら、足の甲に被さる所が裂けてしまった。

「あらら、モイケルよ。これは会社に履いていけんぞな。ひとつ買わんと」と言って来たのだが、その後メッセで話した折に、靴はもう買ったかと聞いたら、「後一ヶ月したらボーナスが入るから、その時に買う」と、のたもうたものだ。

おいおい、モイちゃん、まさかあのまま履いてるとは^^;足元、自分では気づかないだろうが目立つのだぞ、と内心思ったが口には出さなかった。

あれもしてみたい、これもしてみたいと夢見たものの、わたし自身、大学どころか稽古事のひとつも、経済的な理由でできなかった。英語学校も一時通ってみはしたがお金が続かず、結局途中で止めて後はひたすらコツコツ独学の日々だ。

食費だけを入れ、残りの給料は自分の好きなようにできるという自宅通いの同僚を見ては、羨んだことががなかったと言えば嘘になるが、あの頃わたしには「一人自由」があったと思っている。つまり、誰からも干渉されず、時間的に自由に行動ができたのである。自由が孤独と表裏一体であることもそのとき知った。

話が横道にそれたが、そのようなモイケル娘の状況から、本人が自費で稽古事などの余裕がないのは分かっていたので、そこでおっかさん、助っ人したいと申し出たのだが、今の彼女は独りで「お絵かきの練習」「ピアノの練習」をしていたものだ。

独学ってところも、なんだかおっかさんのわたしと似てるなぁ。そう言えば、息子の音楽作曲も独学だ。

資格取得は大事な部分だが、本当に大切なのは、経験、素質、実力、そして、その道に対する大きな向学心ではないかな?と資格証書の類をほとんど持たないわたしは思ったりする。もちろん、物事によりけりだが。

希望は向学心の源泉である(by spacesis)
にほんブログ村 海外生活ブログ ポルトガル情報へ blogram投票ボタン
2018年3月3日 

息子が帰ってなんだかやけにしんとしている夕方、台所に立っていると突然パラパラとガラス窓をうちつけて雹が降ってきた。あぁ、もうすぐ春到来だなと、実は寒さから一挙に這い出すかのような気候の変わり目が好きだったりする。

春を恋い瞼に桜のつぼみを思い描きながら、例え何十年と祖国を離れて暮らしていても自分は日本人であるなぁと知るのである。むしろ、離れているからこそかも知れない。

sakura

幼い頃から故郷、弘前公園の咲き咲く咲き乱れる桜の美しさを目にしてきたゆえ、異国に来てからは桜の花を恋う想いは尚更である。

我がパソコンの横には、モイケル娘のヘンチクリンな「人生いろいろサイコロ」と並んで弘前のソメイヨシノの花びらを押し込めた文鎮が置いてある。文鎮は透明の六面体ガラスなので色々な角度から花びらを眺めることができて嬉しいのである。

古来から日本では「花」といえば桜を意味する。しばらく前になるが、その桜について少し調べてみたことがある。桜を意味する言葉がたくさんあるのを知った。
こぼれ桜、桜影、花いかだ、花霞、花曇、花吹雪、花冷え、花むしろ、夢見草。中には初めて目にする言葉もある。日本人の桜の花を愛でる心が表れていると思う。

同時に知ったのは、花によってその終わり方の言い方が多々あるということだ。

桜は散る、梅、萩はこぼれる、椿は落ちる、朝顔はしぼむ、牡丹は崩れる等々。英語やポルトガル語だと「散る」は一つの動詞しか出てこないと思う。花の散り方ひとつを取ってもそれぞれに表現のしかたがある日本語にはあらためて繊細さ、豊かさを知るのである。

そうしてみたら、表現方法の一つとして擬態語擬声語がさかんに使われるのも日本語の特徴だ。日本語学習者はこれには大抵お手上げになるのだが、この使い方をマスターすると日本語文章が俄然イキイキしてくるのである。

それぞれの国の言葉には各々日本語とは違ったうまい表現の仕方があるが、わたしは日本語というのは実に詩的な要素を持っていると思うのである。

弘前の桜をもう一度見たいがため何度か帰省しているが、残念ながら一度も目にしていない。3年ぶりに帰省する今度の5月、もしかすると、故郷への帰省はこれが最後になるかもしれないだが、果たしてその美しい姿を見せてくれるだろうか。

sakura
ちょっと面白く撮れたさくらの蕾が入った六面体文鎮。
にほんブログ村 海外生活ブログ ポルトガル情報へ blogram投票ボタン
2018年2月27日 

hanaaburi1-1.jpg
春はもうすぐそこなんだけどね^^


我が家は二人の子どもが家を出て独立し日本で職を得ているので、家族揃ってと言っても夫婦二人きり。ウィークデイの朝は昔から夫はポルトガル式の朝食を好み、焼きたてのパンにバターとジャムをつけ、Café com leite(カフェ・コン・レイテ=ミルクコーヒー)を自分で淹れる。わたしはと言えば、近頃は、ご飯に味噌汁を中心の日本食もどきなのである。

午後、加えて週に2、3回は夕方からも仕事があったりするので、晩御飯は手軽にできる食事を用意するわたしだが、日曜日の昼食は少しだけ気合を入れて作ってきたが、これも近頃は夫が気を配ってか、外へ食べに行こうよと誘う日が多くなった。なにしろ、一週間でわたしが終日授業をしないのは日曜日だけだからであろう。

日曜日の家での昼食は、朝食が遅いので、午後2時ころからワインかビールを開けてゆっくり食べるのが慣わしだ。それが、途中からなにやらアパート内がかしましい。我が家は、ポルトガルではCondominioと呼ばれる分譲フラットである。各フラットのドアを開けて話そうものなら、エコーで響き、家の中に居ながらにして、聞きたくもないのに全てを聞き取ることができるのである。

さて、ある日のこと、昼食をとっていると、階下がなにやら騒々しい。
「何だろうね・・・」と夫と話しながら食べていたのだが、そのうちかしましかった声が更に大きくなり、どうやら女性二人の応戦抗戦が始まったようなのだ。おおおお、やっとるやっとる(笑)

階下、向かい合ったお宅二人の奥方同士は反目する仲なのである。やりあっている現場を目前にしたことはないが、お二方がそれぞれの窓から顔を出して激戦している様を二階の我が窓から、こっそり身を乗り出して見たことはある(笑)

こういう場合、典型的なポルトガルおばさんなら一言二言言って間に割って入るであろう。が、こちらは日本人おばさん、あちらのお二方が派手にガナルほどに、我が家はシーンと静まりかえり、思わず聞き耳を立てていたりする。そしてこういう時は、なぜだか知らないが、我が動きは抜き足差し足状態になっているから不思議だ^(笑)

聞き耳を立てるのは最初の頃だけで、後は聞きたくもないののしり合いであるからして、後半は、わたしは窓をピシャンとしめて、激戦終了を待つのみ。

向かい合ったフラットのドアを開けてガンガンやっている階下の隣人(?)の姿を想像しながら、これでストレス発散しまた当分はやりあいがないだろうと思った次第。日本の「騒音おばさん」たちよりは大分マシであろう。

それにしてもお二人の夫たちが口を出さないで放っておくとは、犬が食わないのは夫婦喧嘩だけではないようだ。はははは。

お粗末さまでございました。
にほんブログ村 海外生活ブログ ポルトガル情報へ blogram投票ボタン
Click for Porto, Portugal Forecast 
ポルトガル ポルトの口コミ
ポルトガル ポルトの口コミ にほんブログ村 外国語ブログ マルチリンガルへ
にほんブログ村