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2019年12月30日 

先週イブの24日から土曜日の28日まで、毎日のように外出の必要があり、帰宅してはクリスマス料理の準備などで、疲れること甚だし。

25日はアヴェイルに住む夫の姉宅に10人ほど集まるので、前夜からパイナップルケーキを焼き、例年の如く持参する巻きずしの具の下ごしらえでした。

nhk2014

写真はいまいちですが、久しぶりに作った十八番のパイナップルケーキは今回最高の出来でした。

翌朝は9本の巻きずしを作り、交換するプレゼントを持ってアヴェイルへ。ばたばたして巻きずしの写真を撮り忘れたので、義姉宅のデザートの写真をば^^;甘いものはこのテーブルだけでなく、他にもあるのでした。テーブルの横に見られる袋類はドサ~ッと置かれたプレゼントの一部です。

aveiro.jpg

26日にはすでにグロッキー気味でしたが、観るなら今でしょ!と、夫とショッピングセンターのシネマで、40年来ファンのスターウォーズ最終章を観て、帰宅が夜9時です。さすが、晩御飯は作れず珍しくTake Away.
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「ユーコさん、お茶でもしませんか」と、このところ会う機会がなかった補習校時代の同僚I氏からお誘いがあり、これも、今会わなきゃいつ会うのよ!と(何だか生き急いでいる感じだな^^;)、朝のお茶と相成り、27日朝10時半に、補習校時代によく行った学校の近くのカフェでおしゃべりです。やぁ、お久しぶりとコーヒーを飲んでお互いに近況報告。昼にはまだ少し早いけど、場所を変えカ生ビールで乾杯。カフェのはしごですわ つまみがなくてガックリだった(笑)

28日土曜日は今年最後の日本語授業です。
子供たち、いや、生徒たちに三角くじ引きをしてもらい、日本の小物のプレゼント、20個を用意して行きました。

prenda2.jpg

ところが、疲れていたせいで、番号を書いて糊付けしたくじを、2クラス一緒にしてしまっていたことに当日気づき焦りました。 が、そこは年の功、何食わぬ顔でなんとかごまかし、無事クラスを終えました。

いつもだと、夫が迎えに来てそのまま外食するのですが、当夜は、これまた年に一度のYY塾関係の忘年会。我ら夫婦とOちゃんのご主人も一緒の食事会です。

けど、日に2回もの外食はイヤですねん。そこで、もう何年も作っていなかった土曜日の昼ご飯というものを家で作ることになりましてん。後片付けして小一時間ほどのひと眠り後、予約を入れてもらってたレストランへ。 

これも疲れていたせいで、レストランの写真撮り忘れ^^; ん?疲れじゃなくて歳のせいじゃないかって?がび~~んでございます

昨日の日曜日は朝一番にツリーをはじめ、クリスマスの飾りを全て撤去し、新年を迎えるために、昨年の破魔矢は取り去りました。1年間ありがとうございました。

hamaya1.jpg

鏡餅を飾るには29日と31日は避けるべきなのだそうで、今日ということに。なに、鏡餅っつったってうちのはミニチュアです。

というわけで、バタバタして疲れた数日、ショボショボの目の下にクマができてしまったわたしですが、明日は大晦日です。今ひと頑張りして、掃除に精出しましょう。

ではみなさな、晦日の本日はこれにて。

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2019年12月25日 

「クリスマス」をポルトガル語では「Natal」と言うのだが、昔はこの時期になると、各テレビ局はクリスマスに因んだ、じぃ~んと胸に響くような物語の放映でにぎわったものです。

旧約新約聖書に基づくものはもちろんのこと、クリスマスの時期をとりあげたドラマは、枚挙にいとまがないのですが、何度見てもその都度感動を新たにするものもいくつかあります。同じクリスマス物語でも、子供たちと一緒に楽しめるヒューマンラブストーリーの方にわたしはより惹かれます。

映画だけではなく、クリスマスに関した本もたくさんある中で、この時期のわたしの愛読書と言えば、O.ヘンリーの「賢者の贈りもの」とチャールズ・ディケンズの「クリスマスキャロル」です。

「賢者の贈りもの」
ニューヨークに住む貧しい若い夫婦がお互いのクリスマスの贈り物を買うだけの余裕もなく、毎日の生活に追われて暮らしているのだが、いよいよクリスマスが近づいてきたところで、夫は自分の父親から譲り受けて、今では鎖がなくなってしまった金の懐中時計を質屋に売り、妻の美しい髪をひきたてるであろう髪飾りを買う。

妻は、夫が人前で恥ずかしげに、鎖のついていない懐中金時計を覗き込んで時間を見ているのを知っていて、自分の素晴らしい金髪を、かつら屋へ行ってバッサリ切って売ってしまうのである。(昔は女性は髪を長くしておくものであった)そして、そのお金で、夫のために金時計用の金の鎖を買う。

そうして貧しいクリスマスイブの食卓を囲み、二人は贈りものを交換するのだが、妻が贈った鎖につなぐべき夫の懐中時計はなく、夫が妻の美しい髪にと贈った髪飾りをつけるべき長い髪がなかったのである。

O.ヘンリーは最後にこう結んでいる。「この二人こそ、世界中の誰よりも、クリスマスの贈りものの真の意味を知っている」と。「賢者の贈りもの」の「賢者」とは、イエス・キリスト生誕の時、それを祝って空に輝く大きな星を道しるべに、東方からはるばる旅して贈りものを届けに馬小屋にたどり着いた三人の東方からの賢者のことである。

ディケンズの「クリスマス・キャロル」は、初めてその本を手にした時から40年近くを経た今でも変わらずわたしの愛読書のトップ。 「人は変われる、遅すぎることはない」という教訓を思い起こさせます。 

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スクルージ老人は、金持ちでありながら大変なケチで有名である。事業の共同経営者兼、世界で唯一の友であったマーレーが亡くなってからと言うもの、益々吝嗇(りんしょく)に、偏屈に、そして人間嫌いになる。「クリスマス?ヘッ!」なのである。

クリスマスの時期に慈善院や教会から寄付のお願いがあってもビタ一文たりとも出さない。長年雇用している事務職員ことボブには、最低賃金しか払わず、冬の事務所を暖める燃料の使用量さえケチって、使わせる量は微々たるもの。ボブは厳寒の中、凍えそうな両手を擦り合わせて事務を執るのである。

ボブには、足の病気を持つ幼い子供ティムがいるのだが、スクルージがくれる安月給では、ティムの手術もしてやれない。

そんなスクルージの前にある夜、過去、現在、未来の3人のクリスマスの精霊が姿を現し、スクルージに過去、現在、未来の三つのクリスマスを見せてくれるのである。

貧しかったが幸せだった子供のころのクリスマス、薄給であるにも拘わらず、文句を言わず心優しいボブ一家の貧しい食卓とティム坊やの現在のクリスマス、自分の葬式だと言うのに町の誰一人として出席者のいない未来のクリスマス。

年老いたスクルージは、生まれて初めて自分の生き方を激しく後悔するのである。そして目覚めた彼は・・・・
              
という話なのですが、写真はわたしが1973年11月9日に大阪で買ったと扉に記されてある英語版の「クリスマス・キャロル」の表紙。もう色も黄ばんでボロボロになっていますが、クリスマスの精霊と寝巻き姿のスクルージです。わたしは、この絵のスクルージに何故かとても惹かれます。

幼い頃、若い頃の貧困から抜け出すために、守銭奴になったのでしょうが、根っからそうなのではなく、本来は人恋しいという人間性がこの絵の表情に表れているような気がしてなりません。
 
近年クリスマス番組もすっかり変わってしまいました。このような物語は心が洗われる気がするわたしですが、お涙ちょうだいものは、今の世では受けないでしょうか。 賑やかなコメディものもいいのだけれど、古くからの真のクリスマス精神をこういう時期にこそ紹介してくれたらいいのにな、と、クリスチャンでもないわたしですが、思います。

さて、今日はアヴェイロに夫の兄弟家族が集まってNatal(クリスマス)の昼食です。今からわたしは持っていく定番の巻きずしを7、8本作ります。

ではみなさま、メリー・クリスマス、Feliz Natal(フェリース・ナタル)
神を信じる者も信じない者も、今日のこの日祝福がありますように。

この記事は過去に書いたものに手を加えて再投稿しています。
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2015年12月24日 

大きめの鱸(スズキ)が手に入ったので、今年のイブは伝統的ポルトガル式を変えて、スズキのオーブン焼きをしたいと言ったら、いいよ、との返事。

それで、そろそろスズキを冷凍庫から出して解凍をと思っていたら、夫、急にバカリヤウもと言い出しました。んもう、やっぱりポルトガル人だわね、と笑っていたところです。

今からじゃ、バカリヤウ(大きな干しダラ)を塩抜きするのはもう間に合わないから、生の切り身をと昨日、買いに行ってきました。

イブと大晦日のバカリヤウは、たまねぎ、ニンジン、ジャガイモ、カブ、ゆで卵、それにポルトガル独特のcouve(キャベツの種類で葉がとても大きく固め)の野菜ととものゆでて、それにオリーブオイルと酢をかけるだけなので、料理は楽なのですがね。

couve.jpg
ポルトガルのcouve。Wikiより

ポルトガル人にしてみれば、イヴも大晦日もこのバカリヤウなしでは始まらない、終わらないということなのでしょう。写真はWikipediaからの引用ですが、こういう感じの料理になります。
bacalhau_1.png

クリスマス・イヴをポルトガル語で「Véspera de Natal」(Natal=クリスマス)と言います。

イブと大晦日の夜はバカリャウを食べます。「Bacalhau」と綴り、塩漬けの大きな干しダラのことです。下の写真にあるように、ぶら下がっていたり、積み上げられていたりして売られます。

bacalhau1_1.jpg
Wikiより

年中マーケットでみかけますが、この時期になると、あちこちでたくさん出て、値段も跳ね上がります。こうやってぶら下がっているバカリャウは弦楽器バラライカのような感じがしないでもないが。

バカリャウをこの時期に食する習慣は、ひとつにはイヴや復活祭の聖なる週には肉を食べないことからきます。

では、ポルトガルは目前が大西洋という広大な海に面しているのになぜ乾物か?わざわざ乾物にしないで獲れたてのバカリャウを食べればいいのでは?と思うことでしょう。

実を言えば、バカリャウはポルトガル近海では獲れないのであります。バカリャウは主に北欧で獲れ、ポルトガルは北欧から輸入しているのが実情です。

ポルトガルがその歴史で最も誇る出来事である15世紀の大航海時代にこの乾物は長い航海中の食物として大いに役立ったのです。これは、バイキングがタラを保存食としていたのを真似たことから始まったようです。

丸ごと塩漬けにした大きなタラは42x92cmくらいの大きさがあります。厚みは一番分厚いところで5cmにもなります。重さは5キロもあるでしょうか。値段はピンからキリまで、偽物のバカリャウもどきも出回ります。1キロ24ユーロで4キロだと100ユーロ近くでかなりリッパなバカリャウになります。

写真は開かれて売られている一枚のバカリャウ。これ一枚を家族4人でクリスマス、年末と料理しても食べきれませんでした。

bacalhau2019_1.jpg
バカリヤウの切り方は写真に入った切り線の如し。Wikiより

bacalhau_ie.png

バカリャウを切るには力が要りますから、これは夫の仕事になります。上、手前の白いのは切るときにバカリャウから落ちた塩です。写真では大きさが分かりにくいでしょうが、干した後もかなり大きなタラで、厚い部分は7、8cmはあります。

bacalhau2.jpg

固い上に厚みのある一枚のバカリャウを切り身にするには、わたしの力では無理。
一番おいしい部分は厚みのところだとわたしは思うのですが、夫に言わせると、骨付きの部分を好む人も多いそうです。

食べるときはこれをイヴや大晦日に食べられるように2、3日水に漬けて塩抜きします。その他、オーブンで焼いたり、炒めたりグラタン風にしたりと、料理方法は500とも1000とも言われ実に多彩です。

yukobacalhau.png bacalhau8.jpg
↑生クリームとチーズ、ジャガイモを使ったSpacesis式のバカリャウグラタン。 右はもっともポピュラーなバカリャウ料理、bolo de bacalhau(バカリャウコロッケ。wikiより)は、カフェでも食べられます。

本日はこれにて。
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2019年12月23日  

今朝はやっと雨がすこし上がったようですが、まだ油断はできません。
連日降り続いた雨、ドウロ川沿いのリベイラは写真の如くついに洪水に見舞われてしまいました。

これは2006年以来、初めてのことです。

cheia_1.jpg
新聞記事より

わたしがよく歩いたミラガイア(Miragaia)地区もこんな風になってしまいました。ポルトの低地にあたるので、これだけ雨が降ると、てきめん水害を被ります。

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またもや「わたしが来た頃は」なんですが(笑)、ご勘弁くださいよ。その頃から2000年くらいまでは、冬は雨期のポルト、このような水害(ポルトガル語ではcheia=シェイアと言います)は、ため息がでるほど毎年のようにあったのです。

国は、市はどうして対策をしないのかと腹立たしく思っていたものですが、ドウロ川上流に数か所のダムが建設されて以来、ずっと水害がなく今日まで来ました。しかし、今年はうんざりするほどの雨雨の毎日で、「ほんとに今年は雨が多い」とぼやく人々の声を耳にしていました。

が、考えてみれば、昔はこれが普通のポルトの12月だったわけで、何のことはない、今年が変なのではなくて、昔の気候になってみた、ということでしょう。

それにしてもクリスマスを間近に控えてのcheiaは気の毒ですね。ポルトを訪れる観光客も驚きでしょう。

しかし、街は雨の中をクリスマスの買い物客でにぎわっています。

santacatarina.jpg
Wikiより

人生は続く。

ではみなさま、本日はこれにて。
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2019年12月11日 

40年来のポルトガル人の友人エディッテさんに誘われて、海岸沿いにある日本レストラン「一番」さんで昼食をしてきました。
来週、手術をするから今年のうちに会いましょうと言うもので、なんだか心配になり何はともあれと会ってきました。

昔、ご主人の仕事の関係で東京に6年間ほど住んだことがある彼女はわたしと同年代です。わたしがポルトに来てすぐから家族づきあいをしましたが、ご主人は30年ほど前に他界しており子供はいません。

知り合ったきっかけは、こちらも既に他界された元日本名誉領事N氏の紹介でした。彼女は長沼スクール式の丁寧な日本語、そして英語も話し、ざっくばらんな人柄なので、当時、ポルトガル語が分からず、知り合いも友達もいなかったわたしにとり、心を開いて話せるただ一人のポルトガルの友人でした。

今では、年に1、2回会ってポルトガル語をメインにおしゃべりする間柄です。

レストランでは握り寿司を一皿ずつ食べ、二人で顔を見合わせて、おいしいよね、もう少し頼もうか?と、わたしたちとしては珍しくお替りをし、2時間ちょっとの時間、お寿司を楽しんで来たのでした。

無事退院して年が明けたらまた会いましょうとそれぞれの車を駐車してある場所へと向かったところで、ふと自分のショルダーバッグに目をやると、バッグの後ろポケットに入れたはずのスマホがない・・・・

あ、レストランに置き忘れて来たな(最近の我が子たちの写真を彼女に見せたので)と、即、引き返して聞いてみると、ない・・・・
がーーーん!落っことしたの?でも、あんなものが何でバッグポケットから落ちるのよ?落ちたら音くらいするやん?焦った。が、とにかく家にたどり着かないとなにもする術がなし。

帰宅するやすぐ、エディットさんと夫に、ケータイない~~と固定電話から連絡して騒ぐ。すると、間もなしに、私のケータイ番号に電話してみた彼女が、「ユーコさん、あなたラッキーよ。親切なジェントルマンが落ちていたスマホを拾って持ってくれているみたい。すぐ、自分の番号に連絡しなさい」と。

外にいる夫が、拾ってくれた御仁、いや、わたしのケータイに電話を入れ、落としたFozではなくて、その人が住んでいる隣町のガイアにあるショッピングセンター内で待ち合わせ。「君のスマホ、もう手元にあるよ」と夫。

だからね、あのショルダーバッグ買ったとき、ちょっと小さかったかなとひっかかったんだよね。なんであんなものが落ちるのよ。落ちたら音がするやろ!もうあのバッグ、ダメだ!と、今朝方、モイケル娘にスカイプで愚痴ったら、「ば、バッグが悪いんかw」と笑われました。

こんな風に結構落し物が多いわたしではありますが、とにもかくにも無事手元に届いたスマホさま、これがなければ仕事ができなくなる状態ではありました。

ふぅ~、今年最後のどっちらけでありますように~。
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