2018年1月9日

2、3ヶ月に一度の割で、市内のレストランで昼食会をする気のあった4人仲間がいる。わたしも入れてみな連れ合いがポルトガル人だ。
その中ではわたしが一番長くポルトに住み最年長になる。他はご主人がポルトガル人が一人、奥方がポルトガル人が一人、そして関西出身の我が友は寡婦である。

かつては集まると、それは各々の子供や日本の子供に関する教育の話、そして今ほど簡単には耳に入らなかった日本のニュース、ついでにおっと連れ合いの愚痴話(w)、果てはポルト市のどこどこの店で日本食を見かけたとか、今度スペイン系の大きなデパートがどこそこにできる、等等の情報交換の場にもなっていました。

しかし、やはり主だった話は、みなが子育てに必死になっていた時期でもあり、こどもたちへのしつけや学習のことが大方でした。

それが、いつのまにか、教育話から老後はどうするかに話が及んで来ました。
わたしも含め、みなさん子育てが一段落したということです。

やっぱり、老後は日本!と言って、帰国して自分一人老人ホームに入る、というI氏。(彼はかなり真剣に考えてましたが、孫ができてからと言うもの、今ではその考えをうっちゃってしまいました。)

持ち家を売っぱらって大阪かイタリアに住みたいという我が友Kさん(日本語通じないイタリア行ってどうするんや!と突っ込む。今では、「ポルトガルが一番ええわ」に転んだ。笑)

こんなことをワイワイにぎやかに話し合ってるうちに、日本で一軒家を借りて、Vila Portugal(ヴィラ・ポルトガル)とかなんとか名前付けて、みんないっしょに住んでみたらどうか、なんてところに話が及んだことがある。

「お、それいいじゃないの。」
「どのあたりにするね?」
「親友が和歌山の片田舎にギャラリーと称して、古いけど物凄く広い土地屋敷を
持ってるから、その畑の一隅を借りるのはどう?春にはあそこ、桃源郷だよん」
「いいね。けど、その親友にもしものことがあったら、遺産相続なんやらで
わたしら年寄り、おんだされるよ」
「あ、それもそうだ」
「証書、とっといたらどう?」(←まだ、貸せとも貸すともなってない話ダスw)
「でもね、そんなド田舎、年寄りばっかり住んで、食料買い出しはどうするのよ?」
「う~~ん、車一台いるね。しかし80過ぎての運転はちょっとこわい」
「自給自足はどう?」「Iさん、農学部出だしね、そっちはお任せ」
このI氏からは毎年季節になると、見事な美味しい大根を皆おすそ分けしてもらっている。
「よっしゃ。料理は好きだから、わたしがする」Kヤン
「キレイ好きなRさんはお掃除係だね。うんうん」
わたしの役割は・・・ぼけ~~としておもろいことばっかりやってるから、それでだけ
でも十分存在価値はある、(笑)←とは、自分の言w
「でも、アンタ、年金あれへんやん」と、すぐ要らんことを突っ込んでくる友。
「あ、いけない。どうしよう・・・」
「ご主人の遺族年金があるから心配いらんか。仲間になんとか入れたる」
(入れたる、って和歌山はうちの親友がらみだで・・・w)と思いながらも
「うん。そだね」とお気楽なわたし^^


ここまで来てわたしはハタと気づいた。
「ちょとまてぃ!」
みんな、自分は、絶対連れ合いが先に逝くという前提で話してますわ(笑) 厚かましいったらありゃしない。この一言で爆笑です。そして全員しみじみしましたです。
なんの因果でか知らないが、長い間ポルトガルに住んじゃったね、と・・・

わたしは、といいますと、老後云々の前に、もう一花小さいのを咲かせてみたい、なんてこの当時密から思っていたのです。わたしは何事も夢の実現にかなりの時間がかかる人間です。しかし、夢は見続けることこそ大事。それがいつか実現につながると思うわたしはかなりおめでたいかな。

何の花かと言いますと、ただ今実現中ですが、いずれ綴ってみたいと思っています。

本日はこれにて。
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2017年12月30日 

「子どもは別として大人同士のクリスマスプレゼント交換は止めない?」と、ここ数年夫に提案しているのですが、なかなかウンと言いません。

70にもなると、いつ何時どんなことが起こるやも知れない。もし家の中の物をこのままにして逝けばで、後に残る者が整理するのに多大な時間を要すると思い、日本に住んでいる我が子たちにしろと言うのは酷であろうと、できるだけ暇を見ては断捨離なる身辺整理の真似事をし始めています。それで、大して必要でない物はこれ以上増やしたくないのが本音なのです。

物を持つということは、結局それに縛られることにもなるというのをわたしたちは忘れがちです。かく言うわたしも、しっかり縛られそれからの解放を試みてもいるのです。

ところがポルトガルのクリスマス大人も子どもも親戚中が顔を合わせて、それぞれ人数分プレゼントを用意するもので、クリスマスツリーの下に置かれるプレゼントたるや、大変な数になります。もらうんだから文句言うない!と言われればそれまでですが、しからば、「わたしはプレゼント、要りません」と宣言するのも角が立ってなんだかねぇ。それで夫に、子どもにはしましょう、でも、大人には止める方向で持っていくのはどうかと言っているのですが、難しいようです。

書き入れ時の12月に、ポルトガルの大人がみなそんなことをしたら商売あがったりだと怒られそうです。が、
プレゼントに費やすお金を例えば図書券のような、ホームレス支援券とか動物愛護協会支援券とか、そういう類の社会援助券の如きが作られるのはどうだろうか、なんてことを考えたりします。

わたしが夫の親族にあげるものは、だいたいが帰国時に用意してくる陶器類、塗り箸、扇、人形など日本の小物です。それとて、毎年プレゼントしているうちにダブルようになります。金額関係なく喜んでもらえる贈り物を選ぶのはなかなか骨の折れることで、それだからこそ選ぶ楽しみがあると言えるのでしょう。

というので、毎年夫の兄弟親族からのクリスマスのいただきものをどっさり抱えて家に帰って来ては、はて、これらをどこに押し込もうかと思案します。自分の趣味に合うものもあり素敵だなぁと思うのですが、もう飾る場所も無ければ押し込めるところもなく、何としょう、となります。

今回紹介するのはわたしがいただいたプレゼントの一部、実は好きなBordallo Pinheiro(ボルダーロ・ピニェイロ)社の陶磁器です。

ボルダーロピニェイロ

真っ赤なトマトの器とクリスマスツリーの模様が施された、これまた真っ赤な皿です。Bordallo Pinheiro 社の作品には全て、下の画像に見る真ん中にカエルのデザインが入ったロゴがつきます。

ボルダーロ・ピニェイロ

ロゴにもあるように、創立1884年、工場はポルトガル南部、リスボンに近いCaldas da Rainha(カルダス・ダ・ライニャ)にあります。2008年のポルトガル全土を襲った経済危機で危うく閉鎖に追い込まれるところでした。

このニュースが流れた時は、わたしも、これでポルトガルの伝統工芸がまた一つ無くなるのかと、残念に思ったものですが、Viseuに本拠を置くVisabeira複合企業グループが買い取り、閉鎖を免れました。

ボルダーロ・ピニェイロ社の食器の特徴は野菜やフルーツ、魚、動物をデザインに使い、鮮やかな色具合に仕上げられていることです。

特に下にあるキャベツをモチーフにした器はボルダーロ社の人気ナンバー1と言えます。

ボルダーロ・ピニェイロ
我が家の台所の壁に飾ってキャベツモチーフです。同じく下のキャベツモチーフ大皿はわたしのお気に入りで、いつもポルトガルの年越し料理をのせるのに使っています。それで、左端真ん中が少し欠けてしまいました。

ボルダーロ・ピニェイロ

日本語教室の同僚Oちゃんに以前いただいた魚の大皿です
ボルダーロ・ピニェイロ


ついでに、わたしが「ねずみのアナトール」と名付けて台所に置いてあるチーズケースも紹介させてください。

名前の由来は以下の通りです。

「わたしのねずみのアナトール」

「ねずみのアナトールは、フランス一、しあわせもの。パリのちかくの、小さなねずみ村に、おくさんのドセットと、六人のかわいい子どもたちといっしょに、すんでいます。」(本から引用)

と始まる小学生向けの本があります。

アナトール
Wikiより

ある夜、いつものように、家族のためにえさを漁っていると、自分たちの種族が「フランスの恥!」とまで言われて、人間から忌み嫌われていることを知ります。
 
プライドのある「ねずみのアナトール」は、その言葉に傷つき悲しみ、なんとかできないものかと知恵をしぼり、食べ物をもらう変わりに毎夜忍び込むチーズ工場に、「最高においしい」「まずい」と、チーズの味の感想を書き込んだカードを残して行くことを考えつきます。

工場ではその感想を参考に味を改良していき、チーズはやがて大いに売れることになるのですが・・・

週末のかつての我が職場、ポルト補習校でも4年生の国語教科書で取り上げられ、子供たちと一緒に楽しんだたことがありますが、さすが食文化のフランス、なかなかにウィットに富んだお話でした。

実は我が家にも「ねずみのアナトール」がいるんです。え? spacesisさんとこ、飼い猫が4匹もいるのに、ねずみもいるんですか?なんて聞かれそうですが、うふふ^^ ご覧ください↓

ボルダーロ・ピニェイロ

チーズをかじっている我が家のアナトール君です(笑)

夫はチーズ好きで食後には必ずと言っていいほど食べるのですが、中にはかなり強い匂いのチーズもあり、こういう時にはこの蓋つきチーズトレイはとても助かります。30cmX22cmの大きさで、チーズの塊が大きいポルトガル、ちょうどいいのです。

ふたを持ち上げる時は、アナトール君をつまみます(笑)絵をよく見ると、ネズミを追いかけるネコまでちゃぁんと描かれていて、わたしはとても気に入っています。

と、ポルトガル伝統工芸ボルダーロ・ピニェイロ社の陶磁器を紹介しましたが、和食器にはやはりかなわないのではないかなと思っております。一時期は帰国するごとにデパートを覗いては、少しずつポルトガルに持ち込んで来た和食器ですが、ある日、気がついたのです。ポルトガルの食卓には和食器は全く合わない、と・・・・

そして、上述したように、もう収納する場所がない。そんな訳で近年は、デパートの食器売り場を覗くとゼッタイ手が出るので、その売り場だけ足を向けないようにしています。

では、今まで日本から持ち込んだものはどうしているかと言うと、ボランティア活動の「日本文化展示会」がそれらの出番なのであります。

本日はクリスマスプレゼントからこんな話にまで及んでしまいました。

本年度も拙ブログを読んでいただき、ありがとうございました。
それでは、みなさま、どうぞよい年をお迎えくださいませ。
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2017年12月25日 

拙ブログで何度か取り上げてきた「世界でもっとも美しい本屋」とポルトが誇るレロ書店、一時期ポルトに住んで英語教師をしていたハリー・ポッターの著者J.K.ローリングが通った書店でもあり、ホグワーツ魔法学校の着想をレロ書店の内装から得たと言われます。

今でこそ入場料を払いますが、わたしがちょこちょこ覗きに行ってブログや雑誌で紹介し始めた2005年頃は人も少なく、もちろん入場料など必要ありませんでした。ゆっくり店内の彫刻模様を楽しみ、思うように写真を撮ることも許可されました。階上には小さなテーブルと椅子がさりげなく置かれて、注文すればそこでコーヒーを飲むことができた落ち着いた雰囲気でした。

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2017年12月23日撮影

今は連日おせよおせよの人の列で、とても入る気にならないのが正直なところです。いい噂が広まり観光客が押し寄せるということは、もともとあった雰囲気が損なわれる面もあるので、シントラのレガレイラの森も含め、穴場であったところをこうしてブログ等で紹介していながら、実は複雑な気持ちになるのも事実です。

わたしのそういう気持ちはさて置き、このレロ書店、2018年1月13日で創立112年になるのを記念して、12月24日から店頭で宝くじを販売し始めました。

一枚5ユーロの宝くじ販売については、レロ書店のこんなストーリーがあるのです
Fachada(ファシャーダ=建物の正面入り口のこと)の説明についてはブログ最後で案内するレロ書店の記事を読んでいただくとして、入り口の上には建物の番地144の数字が書かれてあり、そのすぐ下には「Livraria Chardron(リブラリア シャルドゥロン」とあるのが見えます。

19世紀半ば、まだ、レロ書店が無かったころですが、フランス人アーネスト・シャルドゥロン(Ernesto Chardron)は、いつかは自分の店を持ちたいという夢を持つモレ書店(Livraria Moré)の店員でした。

1869年のこと、シャルドゥロンは宝くじに当たるのです。この賞金で彼は、クレリゴス通りに自分の名前を冠したシャルドゥロン書店を建て、出版者ともなり、ポルトガル北部出身の著名な小説家、カミ―ロ・カステロ・ブランコ(Camilo Castelo Branco)やエッサ・デ・ケイロス(Eça de Queiroz)の初版作品を取り扱いました。

しかし、シャルドゥロンが45歳で亡くなった後、レロ兄弟が書店を買い取り、1919年に現在の場所にレロ書店として建築しました。シャルドゥロンに敬意を表してレロ書店はファシャーダにその名前を刻んだのです。

このようなシャルドゥロンと宝くじのいきさつがあり、今回レロ書店はリスボンサンタ・カーザ慈善団体と協力して、宝くじを店頭で販売するにいたりました。

抽選は2018年1月29日、一等は6万ユーロ(約780万円)!先週土曜日に夫と出かけ、買ってきましたぞ!

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当ったらどうしよう~~。もしも当たったら、シャルドゥロン氏に倣い、わたしも書店を建てようか!日本語に関する本や、日本の小説、雑誌、辞書、そして、もちろん日本語でのマンガなど日本専門書店がいい!そして、二階は日本語教室にしよう。もちろん、今同様、格安です^^ 

と、取らぬたぬきの皮算用(笑) いいではないですか。年末新年の期間、しばしの夢でございますれば。

下記では、レロ書店を案内しています。
http://spacesis.blog52.fc2.com/blog-entry-1610.html

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2017年12月22日 

雨が降らない、抜けるような真っ青な空が仰げるポルトガルの夏ですが、今夏、ポルトガル中部ペドロガォン・グランデ山間部で死者61人を出した山火事は乾燥気候の自然発火が原因で、近年に見ない惨事でした。が、雨季だと言われる11月以降もまったく雨が降らず旱魃が心配されて来たポルトガルです。

雨季と寒さの冬を迎えると、わたしが真っ先に気にするのは野良ネコたちです。雨が降らなければ農作物が困る、かといって、雨が降ると可哀相な野良ネコたちです、それでもよほどの大雨でない限り、わたしが毎日エサを届ける時間帯には、がんばって待っているのです。

一時期には大小20匹近くいたジョアキンおじさんの畑を根城にする野良ネコたちも、ボランティアの動物愛護協会が捕獲しては避妊手術を施され、引き取り手が少ない成猫は戻されてきましたが、子猫は術後、貰い手を待つためにそのまま施設に残るという状態でした。

そのため、コロニー(野良猫が集まる箇所)の一つであったジョアキンおじさんの畑には黄トラのオスネコ一匹が住むだけになってしまいました。他はエサの合図を聞くとすぐどこかから現れる頭の大きな黒猫、それとジョアキンおじさんの家の庭でいつもエサをまっている2匹がいます。

このうちの一匹は毛がふわふわの黄色いネコですが、もうかれこれ2年近くエサを上げていると言うのに、人間に対する不信感が強く、シャーッと威嚇するので未だに触ることができません。

ジョアキンおじさんの畑の、或いは庭のネコたちですが、実はおじさんは飼っているという意識はなし。自分の周りに生き物がいるからとの単純な理由で、かつては自分ができた残飯集めを毎朝しては、それを畑のネコたちにやる、というを繰り返していたのですが、数年前に相棒のロバが死んでからは近くの商店街の食べ物屋を回る事もできなくなり、今ではその役割が完全にわたしのものになったわけです。

それで野良ネコたちを見過ごしておけないわたしがバトンタッチしたわけで、おじさんからは、「Obrigado(ありがとうね、)と言われる毎朝、毎夕です。

ジョアキンおじさんには拙ブログに何度か登場願っていますが、ここ数年痴呆が始まった奥さんを抱えていました。「ちょっとドアを開け放しにして畑仕事をしていた隙に、どっかへ行ってしまった」と、大騒ぎになり、ご近所で探し回ったこともありました。その奥さんを数ヶ月前に亡くし、以来、以前毎朝のように行っていたすぐ側の畑にあまり足を向けなくなりました。

無駄金を使わないおじさんです、大きな家の中はこの季節でもきっと火の気がないままでしょう。日中、庭の陽だまりで椅子にすわり、自分の畑で採れた野菜を仕分けしている姿を近頃よく見かけます。その丸まった背中は寂しそうで、ネコにエサを運んでいくときは「Bom Dia, Senhor Joaquim !(ジョアキンおじさん、おはよう!)」と思い切り大きな声をかけるようにしています。

今日は下記にジョアキンおじさんについての過去記事と写真を再掲します。

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ジョアキンおじさんと愛ロバのマリア・リタ嬢

2010年5月:ジョアキンおじさんのドロボー対策

あんなにたくさんいて、毎晩の餌時には二皿三皿運ぶこともあった野良猫たちが、気がつくといつの間にかかなり数が減っており、あれ?と思っていたこの頃。それもそのはず、数十匹という猫が、土地成金の小金持ちジョアキンおじさんの畑に住み着いていたのですが、その畑の真ん中を市道が通ったのでした。

市道と畑を仕切るのに、こんなに高くしなくたって・・と思われるほど高い石塀を建て、聞くところによると、塀の向こうは地面が道路よりずっと低地になっているのだそうな。

それはつまり、ドロボーが塀を乗り越えて入っても、内側から簡単には這い登れないようにしたのだとか。
ジョアキンおじさん、これじゃ、猫もそう簡単に出入りできないでしょ・・・

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写真の家畜小屋には、ジョアキンおじさん、今時このあたりでは珍しくブタと鶏を飼っているのです。で、どうやら寒い時は猫たちもそこを宿にするようです。

小金持ちのジョアキンおじさんは、我がフラットの斜め向かいにカフェを持ち、そこをダイニングルーム代わりにしているのですが、ちゃんとした大きな家を近所に2、3軒持っております。そのひとつがわたしたちの住む同じ通りの角っこ。写真で言うと右側の車が止まっているところであります。

さて、つい先ごろ、夜も11時を過ぎ、いつものように2、3匹になってしまった野良猫たちにご飯を運んでいきました。ねこたちは、ジョアキンおじさんの家の庭の中や家の塀越しの外で食べるのです。

その日はどういうわけか、呼んでも猫たちが現れない。畑からのそこで帰りがけ、ジョアキンおじさんの家の庭をちょいと覗いてみました。

ん?いつの間にか広かった庭が狭くなり、車庫と隣り合わせにアルミサッシとガラスを使った高い小屋のようなものができております。曇りガラスが使われており、「へぇ~、なんでまたこんなのを?」と不思議に思い、目を凝らしてみると、ふむ・・中でなにかがたくさん動いているような気がしないでもない。

噂では結構お金を出したがらないお方らしい。そんなジョアキンおじさんが、いくらなんでも野良猫たちのためにこんな小屋を自分の家の庭に造ったわけではあるまい。しかし、小屋の中で何かが動いているのは間違いない・・・

そこで、今日、週に二回我が家に掃除をしに来てくれるベルミーラおばさんをひっ捕まえて聞いてみました。

「ドナ・ベルミーラ、ジョアキンおじさんの庭に新しくできたあの小屋の中、何か生き物が入っているようなのだけど、まさか猫たちじゃないわよね?」
ベルミーラおばさんは、実によくご近所のことを知っており、「ペドローソス新聞(ペドローソス=わたしたちが住む区域)」との異名をとっております(笑)

ベルミーラおばさん、その言葉を聞くや、待ってましたとばかりに手にしていた掃除機のホースを放り投げ、「オ・ドナ・ユーコ!」と言うことにゃ、

つい先だって、あの高いレンガ塀を乗り越えて、ジョアキンおじさんの畑からブタと鶏20羽を盗んだヤツがいたのだそうな。

わたし  「あら、ブタは騒ぐでしょ?」
ベルミーラおばさん 「それが ドナ・ユーコ。そのドロボー、ブタをその場で
             見事に始末して、持っていったのですよ。」

ベルミーラおばさん 「それでね、セニョール・ジョアキン、すっかり怒って、
             自分の家の庭にあの小屋を造って畑からブタと鶏を
             移したんでやんス」

わたし 「う、移したって・・・だって、あんなとこで飼ってたら畑と違い、匂いが
      ご近所迷惑ではないの?第一ブタはどうしたのよ?

メルミーラおばさん 「ブタはね、車庫なんざんス!」

えーー!車庫にブタってあぁた、聞いたことありませんぜ・・・車庫に入れる車を持たないからってジョアキンおじさん、なんぼなんでもそりゃないぜ。それに、町の家の庭でそういう家畜、飼えないと思うがなぁ、と言うと、
ベルミーラおばさん、

「だから外から見えないように曇りガラスでゴマカシテルですよ。ドナ・ユーコ!」

ブタをその場で始末して盗んでいくドロボーもドロボーだけど、ジョアキンおじさんのドロボー対策もなんだかなぁ^^;


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2017年12月20日 

以前見たイギリス映画に「カレンダーガール」というのがある。ヘレン・ミレンが主役で、夫を亡くした夫人会の仲間を慰めようと、自分たちをモデルにしたカレンダー作り、しかも、それが中年女性たちのヌード写真なのだが、その売上金を亡くなった仲間の夫の面倒を見た病院に寄付する、という小さな田舎町の実話を映画化したものだそうだ。

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女性のヌードとなるとなにかにつけ殿方の興味をひくもの、しかも、一般の中年女性という自分たちの身近にいる人たちのヌードってどうよ?と言った同性女性も羨望と嫉妬が混じったような感情に釣られるようで、彼女らが作ったカレンダーは話題を呼び売れに

さて、今回はこれと似たような、ポルトガル版「カレンダー・ガールズ」の話題です。

ここ数年、ポルトガルは観光地として脚光を浴びていますが、若い人たちの就職状況はとても悲観的なのが実情です。大学を出ても正規の仕事がなく、多くはイギリス、フランス、ドイツなどに仕事を求めて出て行くか、国内で飲食店、店員などのパートに就くか、厳しい選択に迫られます。

両親に経済的な余裕がある人は、院コースへと進みますが、それとて修了後の仕事の保証はありません。確かに、一時期のエコノミック・クライシスよりはマシになっていますが、働きたくても職がないというのは将来がないのと同じこと、国は特殊な枠で外国企業を呼び込むなどの斬新的な政策をとる必要があると個人的には思っています。

かといって、近年一帯一路政策を掲げて国際社会に警戒心を持たれている隣国に来てもらってもなぁ、と。

そんなポルトガルですから、999ユーロ(学部3年間)、1250ユーロ(院コース2年間)の年間授業料も生活費もかかるわけですから、親によっては決して楽ではありません。

そこで、数年前から、ブラガのミーニュ大学で学生緊急支援ファンドグループが立ち上げられ、始まった学生支援カレンダー、今年で4回目になるのだそうですが、今回はこんな思い切ったカレンダーというので、ニュースで話題として取り上げられていました。
こんなのです。

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ポルト大学、12人の女性ハンドボールアスリートたち。2010年にヨーロッパでブロンズメダルを獲得しています。
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一部5ユーロで12月13日から売り出されています。売り上げは経済的に苦労している学生、また、他の奨学金が受けられなかった学生の支援にまわります。

昨年度は144人の応募学生があり、うち98人を支援することができたとのこと、「カレンダー・ガールズ」ならず、「カレンダー・アスリートス」と相成りますね。

ヌードなのに写真に卑猥さが少しも見られないのは、写真家の腕、アスリートたちの肉体の美しさも去ることながら、苦学生を支援するという精神が底にあるからだと思います。母子家庭だった我が夫もかつては奨学金をもらってコインブラ大学医学部、更にポルト大学医学部でコースを修め、大学病院に定年まで勤めました。

このアイディア、ひょっとして、くだんの映画「カレンダー・ガールズ」から拝借したのかも知れないなと思いながら、12月の暖かい話題を本日は拙ブログで取り上げてみました。
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