FC2ブログ
2012年4月16日 

自身はそれに染まりませんでしたが、20歳の頃の大阪京橋時代、まわりには
上に素人と名のつく、演出家、役者、シナリオライターの演劇関係者、作家
志望やカメラマンなど、サラリーマンとは異質の知り合いがたくさんいまし
た。

わたしはと言うと、その中でどういう訳かこれまた上にへんちくりんな定冠
詞がついて「自由人ユーちゃん」と呼ばれていたのです。わたしのどこが自
由人かと問いますと、常識の枠にとらわれないで行動するからだそうで(こ
れは20代の頃だということをお忘れなく)、褒められているのか呆れ
られているのか複雑なところではありました。

素人劇団の何のお役目も担っていないのに出来上がったばかりのシナリオを
読まされたり、その仲間からはあっちへこっちへと引っ張りまわされたりし
たのですが、都会生活がまだ2年ほどの20歳そこそこのわたしからすると
彼らが皆、まぶしい輝きを放っているよう見え、深夜を問わず喜んで引っ張
りまわされていた感があります。

おかげでまともな生活はできず、飲まず食わずの日が多かった青春時代では
ありましたが、今振り返ってみるに、かけがえのない青春の一こまであった
と思います。団長はかつて「劇団四季」に籍を置いたことがあるという男性
で、彼らはサマセット・モームの作品のみを手がける劇団でした。

そんな知り合いたちの中に一人、プロダクションには属していないものの中
川君という素人ではない(!)役者がおりまして、これが顔が大きいもので
すから、現代劇より時代劇でよく映えるのです。案の定、彼は京都四条にあ
る南座で、よく歌舞伎公演での役回りをしていたのでして。なに、役回りと
いってもハシッパの役(笑)

これが、ある日浮かぬ顔をして現れまして、
「舞台でドジッた。トップの役者さんにこってりしぼられてん」
何をしたかと言いますと、
出番の寸前にどうにも我慢ができなくなってトイレに行った。
そしたら出番の合図が聞こえたので慌てて舞台に飛び出して行ったのだと
言う。

出てしまってからハッと気がついたのが、足に履いてる「便所」と書いて
あるスリッパ!(爆)おまけに、手に持ってなきゃならないはずの十手を
トイレに置いてきてしまって、「御用だ!御用だ! 」と突き出す手には、
十手なし・・・

周りの小役人を演じている人らの後ろに後ろにと隠れて誤魔化そうとしたの
だそうだが、そんなもん、ロケじゃあるまいし本番なんやから、どうやって
誤魔化すのよ(笑)これを聞いたときには、気の毒な気持ちよりも大爆笑が
起こって我らは皆、抱腹絶倒。

役者さんの世界って、NGがたくさんあるでしょ?あれ、爆笑ものが多いで
すね。しかし、劇場では毎回が本番、やり直しがきかない。中川君によると
立派な歌舞伎役者さんも時には失敗するのだそうで、そういう時は、舞台が
終わった後に先方さんからちゃんと陳謝として全員に何がしかが配られるの
だそうです。

あれから40年ほども経つというのに、今思い出しても「便所」と書かれた
スリッパを履いて、「御用だ、御用だ!」と空の手を突き出し、にっちもさ
っちも行かなくなっている中川君の姿を思い浮かべるたびに、くっくっくと
腹を抱えて笑わずにはいられないわたしです。

中川君、どうしているでしょう^^彼からもらったヅラをつけたサイン入り
のブロマイド、どこへ行ってしまったかなぁ^^
            <我がエッセイ「中川君のブロマイド」より>

さて、どうしてこんな話から今日は始めるかといいますと、実は先週日曜日
の午後、まこと40年ぶりにTeatro観劇をしてきたのです。この演劇は上に
書いたような失敗など許されない古典劇ギリシャ三大悲劇のひとつと評価さ
れるソポオクレスの戯曲、「オイディプス」、ポルトガル語では「Edipo」
といいます。

edipo1

わたしの一番最後の観劇は、大阪時代に観た浪漫劇場の「薔薇と海賊」です。
三島由紀夫の原作で主演は村松英子と中山仁でした。劇の内容よりもスッと
背筋を伸ばし大股で舞台を往来する美しい村松英子の着物姿に感動し、40
年たった今でもあの姿は脳裏に残っています。ただ、今考えて見るとあの歩
き方は着物では邪道らしい(笑)にも拘わらず、彼女のその着物歩行をわた
しは素敵だと憧れた20代初期でした。

印象的な演劇では高校時代に観た「アンチゴネー」があります。「アンチゴ
ネー」は偶然にも今回観たオイディプスの娘を主人公にした戯曲です。
ファンとはとても呼べませんが、数年前までは夫と連れ立って時にオペラや
コンサートへ出かけたものです。ありきたりの日常生活から抜けて、その時
間だけ日々の垢がちょっと落とされるようなリフレッシュ・タイムに浸るこ
とができます。

ポルトガルに来て以来感激したものに、オペラ「トスカ」と、家族で見たロ
ンドンのマチネ、ミュージカル「レ・ミゼラブル」があります。2作ともま
るで体ごと吸い込まれでもしたかのように、いつの間にか自分がその主人公
になりきって感涙したのでした。

物事を感覚的にとらえるタイプのわたしは、構えた見方をしないので好きな
作品には体ごとのめり込む。ですから、自分が主人公の人生を体験するよう
な感覚になり、それでよしとする。ま、言ってみれば単なる素人観衆で絵画
も本もあまり説明を要するものは苦手な単純人間です。

話を元に戻しまして、今回はブログが縁で、目下ポルトで上演中の、ミラノ
を拠点にヨーロッパや日本で活躍されている演出家、井田邦明氏のご親族の
方のご親切で氏演出の「Edipo」に招待されたのでした。実はご招待を
受けるにあたりポルトガル語での劇が果たして理解できるだろうか?との
不安があり少し迷ったのですが、ふと若いころのあの刺激的な感覚を思い出
し、よし!と出かけて来ました。

edipo

上演劇場Teatro do BolhaoがあるACE演劇学校の入り口。下は中庭。
edipo

ストーリーをあらかじめ知っていたためか、物語の運びにはたいして問題な
くついていくことができましたが、役者さんの格調高いポルトガル語に覚
醒された思いです。ポルトガル語の面白さを再認識、今後の語学学習
にも熱が入りそうです。
劇中意表をつかれた演出もありましたが、ここでは今触れないでおきまし
ょう。忙しさにかまけ、このような優雅な時間があることも忘れていたこ
の数年でしたが、久しぶりに刺激的な日曜日の午後になりました。

下記にてご案内いたしますので、ポルト在住の方、よろしかったら是非お出
かけしてみてください。

インフォーメーション
「Edipo」
演出:井田邦明
上演場所:Teatro do Bolhao(ACE演劇学校内)
       Praca Coronel Pacheoco No.1
Tel: 222 089 007
www.ace-bt.com
上演期間:4月12~5月6日 
上演時間:(1時間20分)水~土21:30~  日曜日16:00~
料金:10€ (12歳以上)


なお、下記wikiサイトではストーリーの概要を読むことができます。

オイディプス

アンチゴネ-」


最後にこのような機会を下さったI様に感謝いたしまして。

本日も拙ブログを読んでいただき、ありがとうございます。
にほんブログ村 海外生活ブログ ポルトガル情報へ にほんブログ村 シニア日記ブログへ
にほんブログ村
テーマ:演劇
ジャンル:学問・文化・芸術
2012年4月6日
 
毎週水曜日は午前中の日本語授業を終えた後、できるだけ机に向かいポルト
ガル語の予習をするように近頃心がけている。この日の午後はDias先生にポ
ルトガル語の個人レッスンを受ける日なのだ。

こう書くと言い訳がましく聞こえるかもしれないが、子育て時代は自分の勉
強のために時間的経済的に余裕はなく、今振り返ってみるとあっという間の
日々だった。

給食がなかったので毎朝の弁当作りから始まる学校への車による送迎(送
るは夫の役割で迎えはわたしだった)は二人合わせて17年間続いた。子供
たちの通った学校が家から遠かったのである。今でこそ自動車道路を走れば
2、30分で着くのだが、それがなかった当時は小1時間はかかったものだ。
毎朝夫と子供たちが出るまでは目が回るような慌しさだった。犬猫も同居し
ていたので、それらのエサやりも数が多いと傍が思うほど楽ではない(笑)

今なら家事も週に2回掃除やアイロンあてに通ってくるベルミーラおばさん
でほぼ間に合うが、当時は彼女が来ない日は自分がすることになり、4人分
のアイロンあてだけでもたいへんだった。迎えに行くまでに今ほどは受け
ていなかったが、日本語レッスンが入る日もあり、そうこうしているうち
にもう学校へ迎えに行く時間である。迎えの時間は厳守で遅いとしっかり
おこごとをもらう。

帰宅後は学校や土曜日の補習校の宿題、日本からの通信教育をみるため子供
と共にテーブルに座り、夕方にやっとそれから開放されるのだが、その頃は
夕食準備の時間になっている。夜は夜で、長年勤めた補習校の授業準備だ。
今のようにパソコンがさほど普及していなかった時代、授業の参考資料はだ
いたいが直筆である。あの案この案と作ってはつぶしたアイディアが山ほど
ある。

自分のために勉強できなかったわけをつらつらとあげつらったが文句のつも
りはない。自分のことはあまりできなかったが、それらの子育て時代をわた
しは本当に楽しみ子供を育てることを通して机に向かう勉強とは別の意味で
多くを学び自分を成長させることができたと今にして思う。その間自分が好
きな勉強ができなかったとて悔いてはいない。

経済面でもなかなかに大変ではあった。子供たちが通った学校は北部でも私
立大学を含む全ての教育機関でダントツの授業料だったからだ。それに土曜
日の補習校、通信教育費、数学、ポルトガル語の家庭教師、ピアノのお稽古
と、まぁ、まるで躊躇せず飛び立つ鳥のように教育費はでていったものだ。

それらが一段落した頃に夫がその年のびっしり予定がつまったポケットアジ
ェンダを眺めながらつくづく言ったものだ、「17年間朝から晩までほんと
によく働いたなぁ。自分でも感心するよ」

その後は大学教育費があったので経済的問題は一挙に解決したわけではない
が、少なくとも高額学園からは開放されて少しは楽になったと言える。

さて、子供たちのポルトガル語の家庭教師をお願いしたきたDias先生に無理
やり頼みこんでわたしが個人授業を受けるようになったのはさほど昔ではな
い。日常会話が分かるので先生の説明は理解できる、ちゃんと勉強しますの
で、とこれを売りにお願いした。

その「ちゃんと勉強します」がついこの間まで実行されていなかったのだが、
実を言うとこのところ初めてポルトガル語は面白いかもしれないと思い始め
たのである。30年も住んできて何を今更と言われるかもしれないが、わた
したちが何かに興味を持つには人それぞれきっかけがあると思う、わたしの
機会は遅まきながら今来たということだろう。
そんなわけでこのところポルトガル語のレッスンが楽しく、Dias先生とは話
がはずむことも多くなった。

ところで語学を学ぶには中級になるといい辞書が必要になる。ところがその
いい辞書なるものがポルトガル語ではなかなかないように思う。我が家にも
葡葡辞書が何冊かあるが、物足りない。Dias先生は職業柄何冊もの辞書を揃
えており、授業中にときどき一緒にひくことがあるが、そのなかの上下セッ
トの辞書にわたしはいたく惹かれ、あちこちの書店を探してみたが実は絶版
ものであった。探す最後の一手は、かつてわたしがブログでも紹介したこと
がある古本屋「モタさんの煙突」で探してみよう、である。

行こう行こうと思っていながら時間がとれずにおり、今週水曜日、いつもの
通りポルトガル語の勉強でDias先生のお宅を伺ったところ、
「この辞書は悪くないと思うがどうかな?」と一冊の辞書を紹介された。
「どう?類義語対義語、それにその語彙を使った例文もちゃんとある」

手にとって見るとその通りで、常日頃、わたしはポルトガルの製本がよくな
いのを嘆くのだが、その点もしっかりしている。
「いいですね。出版者とタイトルをメモさせてください」と言うと、
「これは君にあげよう」とおっしゃる。え!!

一応辞退すると、Dias先生のところには出版元から意見をお聞きしたいと
高校のポルトガル国語教科書や辞書などがしょちゅう送られてくるのだそう
だ。
「今回の辞書は悪くないと思うので、君にあげましょう。なに、わたしの
 懐がいたんでいるわけではないので気にすることはありません」 
先生のその言葉に甘えて喜んでいただいて来たのがまだ市販されていないこ
の辞書だ。

jisho

うっほー、とその日はホクホク気分で辞書を胸に抱えて帰宅したのであった。

夕食時に夫に話すと、「君、きっと何度も恥ずかしげもなく、その辞書は
いい、いい。けれども絶版で売っていないともの欲しそうに言っていたに
違いない。ぼくもあちこち書店を探させられたからね」

うっうぅ・・・・
い、いいのだ、これでもって、今からしっかりと勉強するのだ!

Dias先生、ありがとう!
にほんブログ村 海外生活ブログ ポルトガル情報へ にほんブログ村 シニア日記ブログへ
にほんブログ村
テーマ:ポルトガル
ジャンル:海外情報
2012年2月9日

日本茶がおいしいと思うのは、わたしの場合、帰国して滞在先の妹宅や和食
レストランでの食後の一服である。
コーヒー党のわたしは長いポルトガル在住でたまらなく日本茶が欲しいと思
ったことはない。そう思わない理由もある。

胃に食べ物が入っていないままに日本茶を飲むと、てきめんに胃がキュッと
収縮するのを感じ、その直後に吐き気が来る。これはよそ様にいては、冗談
ではなくタラと冷や汗をかくことになる。日本茶だけではなく紅茶もそうだ。
   
思うに日本茶紅茶含有のタンニンのせいではないかと想像している。
とにかく空きっ腹にはダメなのだ。故に頂いた高価なお茶は小さな食料貯
蔵室にある冷凍庫の中で長い間眠ることになる。

さて、コーヒー党と書いたが、厳密に言えば党と言えるほどコーヒーに詳し
いわけではない。
昔、「コーヒー・ルンバ」という歌が流行ったことがある。

   ♪むかし アラブのえらいお坊さんが 恋を忘れた哀れな男に
    しびれるような香りいっぱいの  
    琥珀色した飲み物を 教えてあげました

と歌われる歌の中に出てくる「モカマタリ」を始め、知っているコーヒーの
名前はキリマンジェロ、ブルーマンテンくらいだが、ポルトガルではまず耳
にすることがない。
わたしが好んで一日に何倍も飲むのはインスタントコーヒーアメリカン式で、
お茶で言えば出がらしのようなものだ(笑)
日本にいた頃喫茶店での注文するのは「アメカフェ」ことアメリカンカフェ
が定番であった。

これが、ポルトガルに来た途端、コーヒーに関するこれまでの思い込みをガ
ラリと変えさせられることになったのである。
ポルトガルのどこのカフェへ行っても「アメカフェ」なるものはない!
なんだ?そりゃ?とけげんな顔をされるのがオチ。
カフェと言えばポルトガルでは断然「エスプレッソ」なのである。

アメリカ映画を観るとしょっちゅうコーヒーを飲んでいるシーンが出てくる。
アメリカ人もコーヒーが大好きな国民だが、ポルトガル人のカフェ、つまり
エスプレッソ好きは半端ではない。食後、ブレイクタイムには必ず飲む。
普段は家でインスタントのアメカフェを飲むわたしだが、休暇などで出かけ
ると日に3杯のエスプレッソをわたしも飲むことになる。
我が夫もエスプレッソを日に5杯ほどは飲んでいた一時期があって、わたしを
呆れさせたものだ。

エスプレッソは強い。わたしはコーヒーに砂糖を入れない主義だが、エスプ
レッソは苦くて砂糖なしではさすがのわたしも飲めないことが多い。

さて、では、ポルトガルのカフェはどんなものなのか^^↓

コーヒー薀蓄
         
カップはどこでもデミタスカップ。カフェが半分しか入っていないのは飲んだ
からではなくて、始めからこの量だ。

同じポルトガルでもリスボンとポルトではカフェの呼び名が違う。
リスボンではBICA=ビカ、ポルトではsimbalino=スィンバリーノ、もしくは単
にCAFEと注文する。
ポルトのsimbalinoはイタリアのエスプレッソを作るコーヒーマシーンのメー
カー名、「La Cimbali」から来る。
また、リスボンのBICAもエスプレッソを作る機械の蛇口を言うようだ。
   
しかし、これには面白い説もある。
   
昔、リスボンの街のダウンタウンにあるカフェで、エスプレッソが出始めた頃、
その苦さに慣れていなかった客は、これまで親しんできたコーヒーの味と違う
ため、文句を言い出した。

そこで店主は言った。「Beba isso com acucar!=砂糖をいれてそれを飲め」
(acucarの二番目のcにはニョロ記号ことcedilha記号がつき、アスーカルと
読む)
以後、BICAと呼ばれるようになったと言うホンマかいなと思われる、冗談の
ような説ではある(笑)

エスプレッソがカップ一杯にコーヒーが欲しい時は「cafe cheio=満杯に」
と頼めばいい。値段は同じだ。

余談だが、リスボンとポルトで呼び名が違うものは他にもいくつかある。
生ビールもそのひとつ。
ポルトではCerveja pressao=セヴェージャ・プレサォン(pressaoは圧縮の
意)、あるいはfino=フィーノ(細い、上品な、の意味がある)、リスボン
ではimperial=インペリアル(ビール会社の名前)と注文する。

ものの名前からして分かるように、ポルトとリスボンはなにかとライバル意
識がちらつくのである。

ポルトガルでは一般家庭でも食後のコーヒーはエスプレッソ。
各家庭ではだいたい下のような簡単なエスプレッソマシーンがある。
     コーヒー薀蓄


上下二つの部分に分かれている。下は水が入り、上部には挽いたコーヒーを
いれるサイフォンがついている。このまま火にかけると、沸騰したお湯が下
から上に上り、エスプレッソが溜まる。

     コーヒー薀蓄
どこの家庭でもあるのがエスプレッソ用のデミタスカップだが写真は我が家
のデミタス。

さて、近頃ではクールなアメリカ男優ジョージ・クルーニが美女にギャフンと
やられるユーモアなCMを提供してくれるネスプレッソ社が出すエスプレッソ
家庭用マシーンがある。

「あれ、買いましょか?」とカフェが好きな夫にたずねると要らないと言う。
それもそうだろう。自家に備えるとカフェに行く必要がなくなるというもの、
カフェはお茶を飲みにいくだけの場所ではなく、冬ならば軽い暖房でほんわ
り暖かく、夏ならば涼しいその場所で、一杯のカフェを飲みながらじっくり
新聞や雑誌を読んだり、友達と閑談したりもする、ポルトガル人にとっては
憩いの空間でもあるのだ。

わたしはなかなかその習慣を身につけられないでいる。

にほんブログ村 海外生活ブログ ポルトガル情報へ にほんブログ村 シニア日記ブログへ
にほんブログ村
テーマ:ポルトガル
ジャンル:海外情報
2012年1月7日

今日はテレビニュースでも取り上げていたポルトガルの一月の伝統文化を
過去記事から紹介します。

 
ポルトガル語で1月を「Janeiro」と言います。英語と似ていますね。
「Janeiras(ジャネイラス)」は新年を祝って各家の玄関で歌い歩く1月の
数人のグループのことで、ポルトガルの伝統文化です。

近所の人たちや友達がグループを作るのですが、ギターやアコーディオン等
の鳴り物はあってもなくてもよろしい。
ジャネイラスが歌い終わった後は、しきたりとしては栗やクルミなどの木の
実、果物、ポルトガル独特のソーセージなどをお礼としてあげるのがしきた
りですが、昨今はチョコレートやお金をあげることが多いようです。

先だっても我がフラットの玄関前で歌って行きましたが、我が家のように何
もあげないところもたくさんあります^^;これはハローウィンで子供達が
「Trick or Treat(お菓子をくれないといたずらするぞ)」と唱えて一軒ず
つ家を訪ねるのに似ていますね。ただし、Janeirasの方はTrick(トリック、
いたずら)はなしです^^ 

             ↓学生たちのJaneiras。
janeiras
う~ん。こっちは見た目からして、なにやらTrickをやらかしそうな
気がしないでもない雰囲気(笑)。

       いかにも伝統的なJaneirasたちです。
janeiras janeiras

さて、この「Janeiras」の行事ですがいったい何ゆえ1月にこうやってドア
からドアを歌い巡るのか?と不思議に思い、調べてみました。

古代ローマのJano神(ポルトガル語。英語ではJanusと書いてヤヌスと読む)
神にまつわるのだそうです。
ヤヌスは前と後ろに二つの顔をもった神で、過去と未来、事の始めと終わり
をつかさどる天界の門番でもあります。それで門や入り口の守護神とされて
いるのです。Janeiro、Januaryはこのヤヌスの名が由来で、「ヤヌスの月」、
1年の入り口の月という意味からくるのでしょう。

janeiras
バチカンにあるヤヌスの像(wikiより) 
    
で、この名前をどこかで目に、耳にしたことがあると思っていましたら、
なんと!ダン・ブラウンのベストセラー、「ダヴィンチ・コード」の
映画のシーンと「天使と悪魔」で使われていたではないの!

「ダヴィンチ・コード」では、最後には本性を表すティーヴィング教授の
書斎に飾られているヤヌス像が映し出されます。
ヤヌスは二つの顔を持つので、「Janus-faced(ヤヌスの顔を持った)」つま
り、「two-faced」、二心のある、とか、人を欺くとかの意味にも用いられ
るようです。(なるほどなぁ。ティーヴィング教授・・・)

また、「天使と悪魔」では、ヴァチカンの次期教皇候補4人の殺害指令を
アサシン(暗殺者)に次々に出す背後の者のコードネームとしても登場し
ます。

こういう謂われを知っていれば、推理小説も深い読みができて更に面白く
なりますね。
それにしても、始まりと終わりの鍵をにぎるヤヌス神が現代ではあまり良い
象徴に使われないのには、神なりとも天界で歯軋りしているのではないだろ
うか。

本日もブログを読んでいただきありがとうございます。
ではみなさま、また明日。

にほんブログ村 海外生活ブログ ポルトガル情報へ にほんブログ村 シニア日記ブログへ
にほんブログ村
テーマ:ポルトガル
ジャンル:海外情報
Click for Porto, Portugal Forecast 
ポルトガル ポルトの口コミ
ポルトガル ポルトの口コミ