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2006年3月12日(日曜日)

さてさて、これらの我が子たちへの海外に於ける日本語英語教育は、20年も前の昔の
ことですから、社会の状況も変わり、そんなに興味の湧かない話ではあると思います。
幼児、小学校低学年向けの、英語教育教材も、ひらがなカタカナ漢字、さらには計算習得の
教材は、現在では数多くあって、どれを選べばいいのか選択にとまどうほどでしょう。

わたしの場合は、なかったので手元にあるもので間に合わせ、後は「自分がアレンジして
作成する
」これのみです。

British Schoolは当時はまだ5歳児のPrep(5歳児の小学校準備クラス)しかありませんで
したので、息子が4歳になると、ポルトにただ一校ある私立のイギリス・キンダーガーデン
に一年間午前中のみ通わせました。

今とは交通の便が違います。朝のラッシュ時は恐ろしいもの!
今だと高速を走らせて20分ほどで行ける海の近くのその幼稚園、当時は朝、交通停滞
が故、車でゆうに1時間はかかったのでした^^;
その頃、わたしは運転ができなかったので、朝の送りは亭主の仕事ですw
帰りはというと、運良く斜め向かいに住んでいた、亭主と同じ病院で働く
Falcão=ファルカォン夫妻が一人息子をBritish SchoolのPrep(5歳児クラス)に入れており、
終わる時間が同じなので、1年間ずっとこの迎えをしてくれました。
こういうこと、つまり、「ついでだから」を、ポルトガルの人は嫌がらずによくしてくれます。

ここで、です、息子を送り出した後は、午前中時間ができました。
義母さん、ふたりの年取ったおばさん、それに我ら3人家族が同居していた当時の家は、週に2度、
お手伝いさんが来て掃除をして行きます。義母さんを始め同居のおばさんたちも、一緒に掃除に
動き回りますから、小さな家はいつもピッカピカ!
わたしの役目は、と言うと、どうやらあまり手を出さないほうがいいらしい(笑)というわけで、 
さよう、時間だけはたっぷりあったのでした^^

息子がいないその午前中たっぷりの時間を使って、わたしは教材作りに励みました。
それがまた、楽しいのです^^
1ページ1ページ、鉛筆の手描きですぞ(笑)
ご覧あれ、この写真(笑)!
KOKUKU

で、中身はこれ、この通りw 帰国ノート2
(画像ふたつ並べたいのだが、まだやり方がわからないw)

何冊もある20年前のノートの一部。車庫から引っ張り出して来ましたw
オリジナルの一冊に、子供がそのまま書き入れると、一回しか書けず終わりです。
日本から取寄せるのもなかなか頼めないもので、コピー代もべらぼうに高かったこの時代、
とてもそんなことはできない。
入手したオリジナルの絵を写し、マスを書き、クレヨンで色付けします。このようにして、
絵を見て物の名前を覚え、ひらがなで書き込めるように、毎日2ページほどを、
手描きで写しました。

読みは3歳で、英語の真っ赤な文字から入って、4歳にはこんな風に日本語の生活に密着する
言葉の、「見ながら書きながら覚える」を導入。
これをたゆみなく続け、5歳では、足し算を始めました。

覚えてもらうのにかける時間は「ゆ~~~っくりと
そして、決してイライラなどして怒らないこと。
何度も何度も同じことを繰り返し手描きし、子供と一緒に必ず机に向かって座り、
時間は長くてせいぜい15分!
褒めますと喜びますから、「もっとしたい!」です^^
でも、ここがコツ!「今日の分はこれで終わりよ。また明日^^」
影の声:だってまだ次の手描きができてないのだw
亭主が仕事から帰宅しますと、今日はこんな文字を覚えた、と単純なわたしたちの話は
盛り上がる。こうして少しずつ少しずつ亭主の日本語の域を子供は超えて行くのでありました^^

世の中、便利になりグローバル化して、その気になればポルトガルにいながらにして、
JSTVなどの日本の衛星放送テレビも見ることができ、欲しいものもたいていは日本から
取寄せがきく現在、こんなことに自分の時間をつぶすなど、ちょっと考えられない
かもしれませんね。

子育てから開放されてもっと自分の時間が持ちたい、自分の好きなことがしたい、
という母親の話はよく耳にします。
わたしも、これやってみたいあれやってみたい、こんな勉強したい、できれば大学にも行きたい、
と語れる夢や希望はたくさんありましたし、今もあります。

あの頃のわたしは、子供の手描き教材作りに、自分の自由を感じたのでした^^

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2006年3月14日(火曜日)

さて、まだちょっと英語の話です^^
子供達がポルトガルで学校教育を受けていた頃は、「日本の教育は優れている」が頭に
ありました。

ポルトガルでは、学校は勉強する場所であり、もちろん悪い態度などは注意をされて、
矯正されることもあるでしょうが、原則的に一般的なしつけは家庭のすることである、
という前提があるように思います。
子供達が授業を終えて校舎を出た途端、学校はなんの責任も負いません。

そういう意味では、もっと配慮があると思われた日本の教育を受けてきたわたしが、子供達を
BritishSchoolに入れた理由には、家庭では勿論しつけをするけれども、自分の目の
行き届かないところで他人から受ける教育は少年期には大切だと思われたことにあります。
英国の私立校は昔から厳しいdisciplineで知られています。
「鉄は熱いうちに打て」ですw

わたしたちが日本の中学高校で学ぶ英単語には、日常生活用語や英国やアメリカの
子供たちなら誰でも知っている単語が余り含まれていないことに気づき、英語を学ぶのが
嫌いでなかったわたしは、子供達のノートやカードを作ることが大いに勉強になりました。

単に単語を覚えるだけでは、コミュニケーションはできません。
わたしが毎日したもうひとつのことは、ベッドタイムの本の読み聞かせです。
ポルトでも英語の本、特に子供向けの本はほとんど手に入りませんでした。
しかし、ここがわたしの運のいいところだったのでしょう。
ごらんください、この写真^^kikoku_book1
これらの本は息子が4歳の時に帰国していた頃、大阪梅田にある大きな書店
「旭屋」の店頭で投売りになっていたのを、正に偶然にも見かけたものです。
洋書がたったの100円ですよ!迷うことなく30冊近くの全てを買い込みましたw
買った時には知らなくて、数年後に気づかされるのですが、買い手もなく転がっていた
これらの本は、実は児童向けの有名な本だったのです。

本の中でも子供達が喜んだのは、先ごろ亡くなった「Dr.Seuss」のシリーズ」でした。
「I am Sam」で始まる「Green Eggs and Ham」「Fox,Socks ,Bosx、Knox」で始まる
Fox in Socks
言葉の語呂合わせがよくて、何度も同じ言葉が繰り返し出てきて、しかも絵が
面白い。これを毎晩ベッドタイムストーリーとして何度も何度も読んだのでした。

海外で生まれた子供には、日本語の昔話はどうもうまく運びません。
  
  むかしむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんがいました。
  おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯にいきました。
  すると、川上からおおきな桃がどんぶりこどんぶりこと流れて
  来ました。


すかさず子供から、
「芝刈りってなぁに?どんぶりこってなぁに?鬼ってなぁに?」
鬼ってわたしの好きな泣いた赤鬼だってあるんだから、デビルじゃないしなぁ。
どんぶりこって擬態語だよね・・およそ日本語ほど擬態語が多い言語ないんじゃ
ないのん・・・えぇ~っとね・・・
おいおい、これじゃ、話が途切れてしまって続かないよ^^;とこんな具合に
なってしまうのでした。

日本にいたら子供もわたしもあんな事ができる、こんな事ができる、と時々思いながらも、
欲言っても仕方おまへん^^;毎日上記に述べたようなことを繰り返していたのですが、
子育てが一段落ついたところで、ふと気づいたことがあります。

あんなこともこんなこともできなかった。
テレビも面白くなかったし、テレビゲームも、ファミリーマーケットも、カッチョ良い
文具品もなかった。
自己啓発、自己活性化のためにと、世間一般に言われる「刺激のある」生活はほぼ
まったくできなかった。しかし、なんと落ち着いた規則的な毎日であったろう。
子供たちの精神が安定していて、ゆっくり時間をかけて学ぶことができたのは、
きっとこの「刺激のない生活」ゆえだったのではなかったかと。

次回はいよいよ、本格的日本語学習取り組みに入って参ります^^


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2006年7月14日
青タイルをあしらった家
★ポルトの旧市街にある青タイルをあしらった古い家。拡大してご覧ください

「帰国子女物語・受験編」を掲載している間に、同時に書き始めた「日本語編」がいつの間にかストップしてしまいました。
本日より再開します。

これまでの7話をお読みになりたい方は、左カテゴリ「帰国子女・日本語編」をクリックなさるか spacesisのホームページ サイトでご覧になれます。
カードなどは、そちらでの方がよりわかりやすい図を載せています。
それでは、第8話です。

 
ひらがなを初めて学ぶとき、「あいうえお」と始める人は多いのではないでしょうか。
「アリのあ」「イヌにい」と言うように。

わたしが子供達に取った方法は少し違います。
ローマ字でもそうなのですが、A,B,C,Dというのは、文字自体が意味を
持ちません。
これでは、子供に求められたときに説明に困ります。
わたしの場合は、このように、ひらがなの読みを始めました。

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2006年7月19日

今日は少し話題を変えまして、当時の自分の日常生活を。
        
こういう形でポルトガルで我が子に日本語英語学習の手助けをすることになろうとは
思わなかったのですが、これも、退屈と言えるほどの十分すぎる時間があった
からなのです。

退屈ついでに、わたしはもうひとつ、日本では一度もしたことのないものに、
手を出して見ました。編み物」がそれです。

夫の姉もそうですが、ポルトガルの女性は、当時はよく編み物をしていました。
その姿は、バスの中、診療所の待合室、役所の仕事の合間、客の少ない店の店子と、
いたるところで毛糸やレース糸を肩に渡して、せっせせっせと編んでいるのが
見かけられたものです。

息子が生まれると分かって、義姉が用意してくれた赤ちゃん用の服は、
それはそれはちっちゃくて可愛いものでした。
         子供達ののセーター1
子供達のセーター2

写真は生まれて間もない頃のジュアン・ボーイ。
こちらでは産着などはなく、もういっちょ前に洋服を着せてました。
上着から靴下まで、全部手編みです。
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2006年7月24日
 
ポルトの海の近く、Fozにある英国系の幼稚園Karen´s Kindergartenは、12時半
まででしたから、息子が帰宅してからも母子で過ごせる時間がたっぷりありました。

この当時わたし達は、夫の家族と同居していましたから、幼稚園では英語で、
家庭語はおばあちゃんや近所の子供達とはポルトガル語、わたしとは日本語、
と言う具合でした。

英語の語彙は当然まだまだ少ないのですが、人見知りしない積極的な性格だった
息子は、わたしと例の英語の絵本を繰り返し読みながら、幼稚園でカレン先生や
イギリス人の子供達から耳にする言葉をどんどん吸収していきました。

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