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2006年9月10日
ブックレット
★写真は古い日記帳とかれこれ40年ほど前のものになる、押し葉。

今日は息抜きに過去話を引っ張りだして来ました。

自身はそれに染まりませんでしたが、20歳の頃の大阪京橋時代、まわりには
上に素人と名のつく、演出家、役者、シナリオライター、作家志望と、演劇関係の
知り合いがたくさんいました。
そしてわたしはその中で、いつのまにか、これまた上にへんちくりんなものが
ついて「自由人yuちゃん」で呼ばれていたのです(笑)
どこが自由人か、と問いますと、常識の枠にとらわれないで行動するからだそうで、
褒められているのか呆れられているのか。複雑なとこではありました^^;

わたしは素人劇団の何のお役目も担っていないのに、その仲間からはあちこちと
引っ張りまわされ、出来上がったばかりのシナリオを読まされたり。
団長はかつて「劇団四季」に籍を置いたことがあるという人で、彼ら、サマセット・
モームの作品のみ手がける劇団だったのですが、そのお芝居を観にいったりして、
一応仲間に入っていました。
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2007年5月29日

手元にわたしがこれまで一度も目にしたことのない幼い頃の写真が
ある。

今年、2007年3月に東京のW大学から九州の公立大学に転校し、
山口県の下関に移動した娘に会いに、一ヶ月ほど日本に滞在した時
のことである。
ポルトに帰る前の10日間ほどを所沢の妹宅で過ごしたのだが、
お茶を飲みながらのある日のこと、妹が「こんな写真を小倉の叔父
さんのところで見つけた。それでもらって来た。」
と、数枚の白黒写真を持ち出して来た。

小倉の叔父というのは、3年ほど前に亡くなった、9人兄弟だった
母の末の妹でわたしたちの叔母にあたる人の連れ合いである。
本サイトエッセイ「思い出のオルゴール」の「急行日本海」でも
登場しており、当時は大阪に転勤で住んでいたのだが、わたしは
この叔父たちと多感な中学時代の最後の1年を弘前から転校して
過ごしたのだ。
      
写真を見たわたしは思わず感嘆の声をあげた。
祖母を始め、我が母、父、叔母の、今は亡き人たちの懐かしい顔が
写真の中でにこやかに微笑んでいる。
写真の背景も、わたしの記憶に残っており、妹と二人、時間のたつ
のも忘れて、昔話に花を咲かせたのだった。
      
そして、妹が「もう一枚!」と取り出してきたB3くらいのサイズの
大きな写真がこれである。

ねぶた祭り2

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2007年6月2日
赤レンガの屋根
★ポルト赤レンガの屋根屋根

せんだって、サンケイWebシーリーズ「ひとすじの蛍火ー吉田松陰」
の一生をかいつまんだ26編の記事を読んでは、迷い悩むその人間
らしい心情と最後の潔さに感銘受け、29才という若さの落命に思
わず目頭が熱くなりました。

「17、18の死が惜しければ、30の死も惜しい。80、90、
100になってもこれで足りたということはない。半年という虫た
ちの命が短い、とは思わないし、松や柏のように数百年の命が長い
とも思わない。天地の悠久に比べれば、松柏も一時蠅(いっときば
え)(ハエのような存在)なり」(ひとすじの蛍火引用)

と書いた松陰は、「人の一生に悠久の命を見た人」と三島由紀夫を
して言わしめます。

こんな骨のある日本男児、近頃とんと見なくなりましたね。

若い頃から、わたしはドライにはなれない性分で、多くを自分の本
能と感情を頼りに行動して来たように思います。その感情はもろいと
ころがあって、涙腺も弱い。
そして、近頃富にそう感じることが多くなりました。
歳を重ね色々経験してくると、本や映画の場面場面でも自分の人生
と重なるところがあったりして、気持ちが容易に想像できるからか
も知れません。
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2007年6月12日

3時半の予約で今日は早めに家を出て、車を飛ばし主治医の歯医者
さんとこへ行った。
「お!今日はまだ誰も患者さんがいないではないの。」
これだと、一番に診てもらえるとほくそえんで、診療所の呼び鈴を
押した。

看護婦のドナ・ジュリアが出てきた。すると彼女、

「あら、歯が痛んだの?」と聞いて来た。
わたし「ん?い、痛んではいないけど、どうして?」
ドナ・ジュリア「ドナ・ユーコ、あなたの予約は一週間あとの火曜
        日よん^^;」

ええ~!待ってよ、待ってよ^^;
どうもこの間から、することがめちゃくちゃです、わたし@@
こりゃ、大分疲れてる。
元々が機械操作に全く弱いわたしである。それを恐ろしいことに、
一人、エクセルの書類作成に挑戦してみた先週の数日で、どこか
もう一本のねじが緩んでしまったようだ^^;
後遺症をかなり引きづってます(笑)

さて、6月6日に書いた、三歳の時の行方不明の話ですが、「裏の
田んぼのず~~っと向こうにある墓地」の「裏のたんぼ」とはこん
なところです。
春に帰国した折、我が妹が持ち出してきた半世紀ほども前の古い写
真の一枚。クリックすると拡大できます。

         吉崎三姉妹

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2007年8月13日

墓参は当然のこと、ご先祖の霊の迎え火送り火も容易にできないほ
どの遠国に住んでしまったわたしではあるが、8月は遠く過ぎ去っ
た夏にひとりしきり思いをよせる時期である。

3年前に横浜の叔母がみまかったのを最後に、叔父叔母である我が
母方の9人兄弟はみな鬼籍に入ってしまった。
父は岩手県雫石の出身だったが、どうやら若い時から家族のもてあ
まし者だったようで、父の存命中もその親族とはほとんど行き来が
なく、両親亡き後はそれっきりプッツリのままであるから、わたし
の思い起こすお盆はいつも弘前である。

故郷を後にして長年大阪に住んだのだが、今思ってみれば誠に残念
なことに盆とてわたしは一度も帰郷していなかった。
田舎の土臭さ、線香の放つ古臭さに、言うなれば因習にあの頃のわ
たしは精一杯抗っていたのである。
そのような因習に囚われずに、精神を自由に遊ばせて生きることは
流浪の旅の中にあると本気で考え、そういうことに憧れていたもの
だった。
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