2017年6月10日
 
ポルトガルだからねぇ、と大概の「あらら」ニュースは聞き流すのですが、今回は有り得ない!と、珍しく額にまゆを寄せています。
怒ったり不満を言い募ったりすることは負のエネルギーを抱え込むことになり、その日が楽しくなくなるので、普段小さなことには余りしつこくこだわらないようにしています。あぁだこうだと細事に至って議論めいたことをふっかけていた若い時とは大きな違いです(笑)

もちろん、ニュースにはちょっと待てぃ!的な出来事もありますが、自分が手助けできないことに関しては、数日もすればケロリと忘れてしまう性格です。

それが、有り得ないよ、これは!と、この数日身近な夫とポルトガル語のDias先生に気持ちをぶちまけていたのです。そういうことや悲しいことはすぐにブログに取り上げると直情的になりがちなので、わたしは時間を置いてからブログ記事にとりあげます。
ここ数日、情報を確認しながら、やっぱりこれは有り得ない部類だと思い至ったので、今日は自己メモとして書いておこうと思います。

Terry Guiliam(テリー・ギリアム)監督と聞けば、わたしなどは「12モンキーズ」と「フィッシャーキング」を思い浮かべるのですが、ポルトガルのTVニュースを見て目を耳を疑ったのは、この監督が新作の撮影現場でしたことなのです。現場がなんとポルトガルの文化遺産、そして世界遺産にもなっているトマールのテンプル騎士団・キリスト騎士団修道院。

トマール・キリスト騎士団修道院
2016年9月撮影

2000年にテリー・ギリアム監督がメガホンを取ったものの、アクシデントが続き一週間で制作が打ち切られたと言ういわくつきの映画「The man who killed Don Quixote(ドン・キホーテを殺した男)」なのですが、2011年の公開予定の大幅に遅れたものの、トマールでの撮影終了でついに完成したと監督自身が先だって、つまり今年の6月に発表しています。

足掛け17年に渡って完成した作品にケチをつけたくはないのですが、ロケーション現場への敬意を失っていたとしか思えません。その結果、目下ポルトガルでスキャンダルとして取り上げられているのです。

トマール・キリスト騎士団修道院

まず、上の画像はテンプル・キリスト騎士団修道院の全様です。修道院は、12世紀にテンプル騎士団が建てた左に見える16角の円堂Charola(シャローラ)こと、騎士団の聖堂を最初に16世紀までに渡り、増築されて現在残っているのです。

円堂から出ている長方形の部分は、かの有名なドン・マヌエル王が造らせたマヌエル建築様式の華麗かつミステリアスな大窓があります。赤丸印が撮影現場、Hospedaria回廊です。五箇所の緑の円は植物が植えられています。

撮影は下の写真に見られるように、回廊の中心に聖母マリアの人形を置きガラス瓶やプロパガスなどで組み立てられた高さ20メートルのセットを焼くシーンなのです。

トマール・キリスト騎士団修道院

その結果左が元の回廊、右が撮影後、すすけてしまった同じ回廊です(カメラ撮影の方向が違いますが)植物を植えた五つの箇所は切られ、刈り取られ石のようなもので埋められています。

トマール・キリスト騎士団修道院

トマールキリスト騎士団修道院

20メートルもの炎が産み出す温度、煙、ススで、撮影現場になった回廊だけでなく、他の部分も影響を被ったことは否めないでしょう。

トマールキリスト騎士団修道院

回廊に隣接する、我が愛するマヌエルの大窓がすすけているではないか(怒)赤丸箇所も破損しています。炎上が引き起こす破壊は、今目前の破損だけではありません。高温が石に与えるであろう破損はこの後、雨や強い日光にさらされたりして、この先何年も影響が出てくると思います。

すすの部分は塗り替えればいいなどと考えてはなりません。塗り替える前にまずこのすすを落とさなければならないのです。これは、数年前に義兄宅が小火(ぼや)になったときに知らされたことなのですが、大変な作業なのです。

また撮影機具の移動、人の移動などで建物の石が破損された箇所がいくつもあるそうです。
トマール・キリスト騎士団修道院

トマールキリスト騎士団修道院

トマール・キリスト騎士団修道院

なんだ、たかが石少し破損しただけじゃないか、などと言ってはいけません。世界遺産建物の建築材石は16世紀と見積もっても500年以上も前の石で、替わりはありません。

トマール・キリスト騎士団修道院

保険に入っていたとは言え、これから先数年、或いは十年先の修繕費を予測しなければならないことを考えれば、とてもカバーできる額ではないでしょう。

それもそのはず。こうなって当然です。院内にこんなものを持ち込んで移動してたんですから。↓

トマール・キリスト騎士団修道院

テンプル・キリスト騎士団修道院は過去に、ウンベルト・エコー原作、ショーン・コネリーとクリスチャン・スレーター主演の映画にもなった「薔薇の名前」の劇の上演会場として提供したことがありますが、その時は、一切機会の持込み、電気使用も禁止というので、ろうそくのみで別の回廊で上演されています。

o nome da rosa 7_1770592_n

「薔薇の名前」はその題からロマンチックな物語だと思われがちですが、宗教裁判の嵐が吹き荒れていた1300年代(この年代はテンプル騎士団の時代でもあるのですね)、北イタリアのとある山頂の修道院で起きる連続殺人事件を描いた長編小説です。

調べてみると、この映画の撮影は、(以下wikipediaから引用)

三箇所で行われ、一つは北イタリアの山地に実際に造られた野外セットで、ここには巨大なパネルの修道院と文書館の建造物が建てられた。
修道院内部の礼拝堂等は、ドイツのヘッセン州エルトヴィレ・アム・ラインにあるエーバーバッハ修道院(commons:Monastery Eberbach)を改装して利用した。エーバーバッハ修道院は葡萄酒の貯蔵場所として使われていて、もはや修道院として人は住んでいなかったが、改装により中世の修道院の内部が復元された。第三に迷宮図書館は、ローマ郊外のチネチッタ撮影所内部に造られたセットであった。


と、あります。

このような歴史的に貴重な建築物は、破損する可能性があることを考えると、今回の撮影も予算はかかってもセットにすべきであったろうと思うのです。しかし、問題はそれだけではありません。使う人がいるということは、許可する人がいたということ、それこそが大問題です。

修道院の責任者は己が管理する世界遺産を何と考えているのだろうか(怒)!また、修道院だけの許可だけでなく、文化省へも書類を上げなければならないはずです。その辺のところが、なぁなぁのポルトガルなのかなぁ、と思ったりするのですが、これは今の時点では判明していません。

経済的な話になりますが、世界遺産に登録されてもUNESCOからは補助金はでません。しかし、保有国にはその遺産を保護する義務と責任が生じます。まだまだ経済が停滞した状態が続いているポルトガルでは、近年少しずつあちこちの世界遺産の修繕が始まりましたが、リスボンやポルトと違い、地方都市にある遺産建築物は、訪れる観光客が少ないのが現状です。

テンプル・キリスト騎士団修道院も、わたしのように物好きで修繕がどの程度進んだかなどと何度も見に行くのは極々一部でしょう。ですから、著名な監督の映画撮影の現場になったと言えば、人を呼ぶことになるのは確かで、観光客が増えれば修道院の収入増にもつながるわけですが、今回は破損を招いたのですから大きな責任が問われて当然です。

責任者はああだこうだと言い逃れていますが、取調べが入るのは時間の問題ですが、いずれにしても覆水盆に帰らず。

世界遺産指定建造物や美術館、図書館と、公の責任者は大使同様、数年毎に変わるのですが、今回は重ね重ね残念な話です。

それで、ふと思い出したのですが、10年以上も前、一番最初にわたしがこの修道院を訪れた修繕が入っていなかった頃、聖堂の中心には石のテーブルが置かれてありました。ある方向からは、下の写真のように三脚に見える五脚の石のテーブルです。

トマールキリスト騎士団修道院

聖堂の真ん中にあるからには、大きな意味があるのだろう、ここでどのように祈りを捧げて戦場へむかったのか、或いは、これは騎士団入団のイニシエーションに関係ガあるのだろうかと、このテーブルにいたくわたしは惹かれたものです。

トマールキリスト騎士団修道院

ところが、修繕が入った時期からこのテーブルが取り払われていました。ま、聖堂の中心は祭壇でもありますから、そこを修繕する間、破損を恐れてどこかに保存されているのだろうと思っていたのです。

祭壇の修繕が終わった今日もそのテーブルを目にしていません。どうして、誰の判断でそれが取り払われたままなのか。テーブルがない今の聖堂は、残念ながらオリジナルの姿ではないと、わたしは思っているのです。次回訪ねるときには是非、聞いてみるつもりです。

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2017年6月7日 

今日は写真が盛りだくさんです。お楽しみください。

ポルトガル語で植物園を「Jardim botanico(ジャルディン・ボタニコ)」と言います。

ポルト大学文学部などのキャンパスがあるCampo Alegreにあるので、古くは「Quinta de Campo Alegre」と呼ばれていました。
植物園は現在4ヘクタールの広さがありますが、20世紀半ばまでは私有地でした。

ポルトの植物園
植物園の入り口

ポルトの植物園

鉄柵の門をくぐるとすぐ目の前に見えるのが「Casa Andresen」と呼ばれる赤い建物です。Andresenとは、かつてのこのQuintaの所有者一族の名前です。建物の右横からのコースを歩みました。

ポルトの植物園

庭に面したAndresen館の裏を望む。
ポルトの植物園

館の裏が広大な植物園になっているのですが、すぐ裏はツゲの囲いで仕切られた小さな園がいくつかあります。
つげの葉をくぐって小さな園に入ります。

ポルトの植物園

ポルトの植物園
池には美しい蓮の花が葉の間から姿をのぞかせていました。

ポルトの植物園
右横からつるバラが伸びている、憩いのベンチ。

ポルトの植物園
アジサイも今が盛り。更に歩を進めると、長い枝を美しく伸ばした大きな樹が。

ポルトの植物園
切り株。

ポルトの植物園
ポルトガルはJacarandá(ジャカランダ=青い花の樹)が咲く季節。ブーゲンビリアと咲き誇って。

ポルトの植物園
散るジャカランダもまた美しい。

そしてここからはサボテンコーナー。

ポルトの植物園

サボテンも花盛りです。とげが痛さで人が近づきがたいサボテンですが、こんな可愛い花をさかせるのですね。

ポルトの植物園

蜂が怖くて近づけず、撮影がうまくできませんでしたが、たくさんのサボテンの花の中ではミツバチが忙しく働いておりました。シャッターを切る音がすると、こっちへ向かってくるので怖いこわい。

ポルトの植物園
黄色い花の真ん中の黒いのがミツバチです。

ポルトの植物園
こちらはアロエかサボテンか。落書きしてあり、修繕の仕様がない、「いただけない」状態です。

近年、日本の寺社にも落書きが発見されていますが、腹の立つ。自分の顔に落書きしろぃ!

下はまもなく開花しようとしているサボテン。
ポルトの植物園

最後はことのついでで、我が家のサボテンの紹介をば。

cactus2-1.jpg

ポルトの植物園

両方とも我がモイケル娘のサボテンで、かれこれ14、5年ほど娘の部屋のベランダにあります。

小さかったのがいつの間にか、鉢を変えないまま大きくなり、本当言うとベランダで他の植物の水遣りのときに何度か棘をさされ、それが怖くてもう処分しようかと思ったものですが・・・一度は花が咲いたのを見て見たいと、今回は鉢をかえてあげようと考えています。娘のだしね^^

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2017年6月5日(月) 

我がモイケル娘に頼んで入手してもらった本を、4月の帰国時に受け取って、勿論ポルトで読むつもりでしたが、期待感大きく、とうとう我慢できずに滞在先の妹宅にいた時に開きました。

と、途端に「ぎゃー!」とはわたしの口から出た悲鳴。側にいた妹が「どうしたの?」と驚いて聞きます。 どしたもなにも、これ見て、と見せたのが下の画像であります。

kojiki2.jpg

漢字だらけではないか、と、まるで漢字嫌いの日本語の生徒さんが言うようなことを思わず口走ったのであります。

漢字だらけではないか、と、まるで漢字嫌いの日本語の生徒さんが言うようなことを思わず口走ったのであります。
「并序」は「あわせはじめ」と読み、現代語で言えば「序文」ということなのだそうです。「原文」とあるように、これは「古事記」の序文、原文なのです。娘に頼んだは「古事記に託されたメッセージは現代の日本人にこそ伝えたい」との歌い文句があった小名木善行著「古事記(壱)」なのであります。

kojiki3.jpg

現代文の解説で読めると勝手に思い込み、開いた途端にこんな原文を目にするとは、トホホ。
読み下し文で書かれてあるだろうくらいには想像していたのですが、原文からだとは!
古事記は日本最古の歴史書で平仮名カタカナが使われるようになった平安時代以前のことゆえ、少し頭をめぐらせれば知って当然のことなのですが、そこが無教養なわたしであります。

知らない漢字も結構あるなぁと、開いたページをしばらく睨む・・・・ちんぷんかんぷんとはこういうことでありましょう。幸いにして直ぐ横に「読み下し文」がありますが、これとても、声に出して読めど分かったような分からないような(笑) なんだか、モイケル娘が院にて近世文学をとったころに、これはなんと読むんだろかと、親子して頭を寄せ合い、四苦八苦した始めのころを思い出しました。

ようやく現代語訳、最後に解説が書かれています。原文は無理として、せめては、分かるようで分からない読み下し文を朗読し、現代語訳、解説だけを読んでいくのはどうかとも思いましたが、それも悔しいではないかと、ここ数日、一日の終わりにベッドに入ってはこの原文とじぃっと睨めっこしていたのであります。

分かってますてば、睨んでリャなんとかなるなんて奇跡は起こりません(笑)
しかし、じぃっと見つめているうちに「懸鏡」「「吐珠」「喫剣切蛇」の箇所、これは皇位継承に代々伝えられてきた三種の神器こと、八咫鏡(やたのかがみ)・八咫勾玉(やたのまがたま)・草薙剣(くさなぎのつるぎ)だということが読み取れました!うほほほほ。

何も分からないとて降参してすぐ現代語訳や解説を読むのよりも、こうしてまるで謎解きでもするように本を読むのは数年ぶりで、結構楽しいものです。

わたしはかつて平家物語を読んだ折、壇ノ浦合戦で二位の尼は幼少の安徳天皇と共に入水したのですが、では、三種の神器はどうなったのだろうか、海に沈んだままかと疑問を持っていたのですが、今回は検索してみました。

勾玉はいったん沈んだものの箱に入っていたので海上に浮かび上がり現在は皇居に、草薙剣は入水により関門海峡に沈んだとありますが、沈んだ剣は形代(かたしろ=神霊の代わりのもの)で、本物は熱田神宮のご神体になっているとのこと。

八咫鏡についてはこれも壇ノ浦に沈んだのを源義経により回収され、現在はその形代が皇居に、ご神体は伊勢神宮に奉納されているとWikipediaには書かれてあります。

三種の神器は皇族はもとより天皇でさえも実際に見ることはできないと言われるのですから、神代の昔からのミステリアスなものが現存すると言われることはとても興味深いと思われます。

自分の勉強のために、古事記序文でわたしが調べ面白いと思った部分を今日は取り上げてみましたが、現在日本語の生徒さんと読み続けている「百人一首解説」も、とても面白く、古事記と交差する部分が出てくるかも知れないと、謎解きをするが如く楽しんでいるのです。

読むのが初級者ゆえ、勘違いや間違った解釈もしているかも知れませんが、その辺は素人の浅はかさとご勘弁ください。

機会があれば、また取り上げてみたいと思います。
今日もお付き合いくださりありがとうございました。

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2017年6月2日 (金)

ポルト、ポルト近辺には、廃墟の如く長年放置されている古いが美しい館が数軒ある。下記はその例だ。

ガイアに小宮殿を探して
海岸通りFozの気になる館


もったいないなぁとわたしは常々思っているのだが、自分にできることはせいぜい今のうちにその姿を画像にするに留まるだけなのである。

そのうちの幾つかは修繕の手が入り現在では色々な機関による施設として利用されているものも多い。下記にあげるものがその例だ。
 
プレラーダの館
フレイシュ宮殿


さて、昨日は、毎週木曜日12時から日本語の勉強に来るGG´s(=ジージーズと読む。じぃちゃんたち生徒さんのことなりw)の一人、ジュゼさんが体調を崩したようで、「ゆこ先生(「ゆうこ」なんだがなぁw)、まだ治っていません。今日は休みます。」とケータイにメッセージが入った。

これまでだと、例え12時からのレッスンがキャンセルになっても3時半から来るH君という若者のレッスンが後に控えていたもので、結局一日中家にいるということになっていた。そのH君を3月始めに日本へ送り出したことで木曜日の午後は今のところ自由だ。

そこで、上述の館のひとつ、車で通る度、横目で見るしかなかった、一度は中に入ってみたいと思っていたボアヴィスタにある「Casa da visconsessa de Satiago Lobão館(いつもどこも名前が長いのである)」へ行って見ることにした。

casa_viscondessa

時節柄、ポルトガルは今ジャカランダ(Jacarandá)とブーゲンビリアが咲き乱れてるのだが、ボアヴィスタ大通りに面したこの館も例に漏れず正門は初夏の到来を告げている。

ネット情報では夕方まで一日中開いているとのことで早目の軽い昼食をとってきたのだが、だが、だが・・・開いとらんではないか!ランチタイムはよく閉館していることも多いのでと、鉄柵越しに覗いて見ると、国旗掲揚ポールに国旗はなし、窓のブラインダーも閉まったままで、人の気配が全く感じられない。とてもランチタイムの一時閉館とは思われない。

casa_viscondessa
写真上方に美しいClaraboia(天窓)がかすかにうかがえる。

しまったなぁ。ネット情報の日付を確認すべきであった。悔しいったらありゃしない。館は丁度大通りと横の小道に面しているので、ちょいと横道へ回ってみた。

casa_viscondessa

鉄柵の間にスマホを滑らし、庭園内に落とすなよぉと注意しながら撮影した庭園は、う~む、これは見ごたえがありそうだ。アールヌーボーの館もさることながら、庭園が興味深そうだ。

casa_viscondessa

聞けば、サンチアゴ・ロバォン子爵はブラジルで成功しポルトに帰還、この庭園、館を造ったとのこと。恐らく庭園には池、洞窟があるだろうと推測している。このことは、シントラにあるレガレイラ館主、モンテイロ億万長者を始め、ブラジルで財を成した多くの帰還者が建てた館について言える同一点だ。

子爵夫妻には子がなく、コンデッサ死亡後、この館と庭園は社会奉仕団に寄付され、一時期、身体障害者のリハビリセンターとなっていたようである。ネットに上がっている写真の多くは2015年に撮影されていることから、その頃に一般公開もされていたのであろう。

何ゆえ現在閉鎖されているのか知る由もないが、うっかりしていて訪問できなかったのは返す返すも残念だ。何かいい手立てはないかと、目下思案中である。

さて、外から見ではつまらない。そこで、足をそのまま近くのCampo Alegreにある植物園へ行って見ようと予定を変更した。

というので、次回はその植物園の紹介と相成る。

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2017年5月31日(水) 

一日の始まりは、起きてコーヒーを淹れネットで新聞を読むことから起動するのですが、近頃の母国のニュース、煽動狙いの見出しと低俗なのとには、正直なところ辟易しているこの頃です。

発言、あるいは文章全体を見聞きすれば、見出しの意味にはならないであろう謝った印象、方向に誘導するよう記事が多いので、ため息が出ると同時に、はてな?と頭をかしげることも多い。よって、煽動的な見出しの記事は注意して読むようにしています。

皇室問題もなかなか厄介なようで、下々のわたしなどに真偽のほどは分からねど、顔が青くなったり赤くなったりのゴシップも流れており、確かめようもないので暗澹とした気持ちになります。これまで揺ぎなかったように見えた皇室も21世紀に入ってはどうなっていくのかと、こちらの問題も一個人として不安な思いを抱いています。

これらが頭にあるもので、嫌な兆しかのような、なんだかもやもや~っとしたわたしの気分をふっきらしてくれるような、初夏の真っ青な今日のポルトの空、こんな思いから逃れまして、本日は前回の石の紋章に因んで、ちょいと面白いレストランの紹介をば。

先だっての石の紋章調べで「Brasão」を検索すると何度も引っかかって来たのが、Servejaria Brasãoでした。Servejaria(セルヴェジャリーア)というのは、ビアレストランのことです。ダウンタウンにあると言うので、夫のご機嫌を直してもらうのもあって(笑)、誘って日曜日に行って見ました。

ポルトのレストラン
 
市庁舎通りを横に入ってすぐのRua Ramalho Ortigãoあります。入るとポルトガルの週末の昼食時間には早い1時前だというのに、店内はほぼ満席です。受付に聞いてみると、一席空いているが1時間で食事がすませるのならOKだと言います。

ポルトのレストラン
正面入り口に見られる紋章ことBrasão

接待客を伴っての昼食はそんなわけには行きませんが、夫婦二人、特別な祝いがあるわけでなし、軽くビールを飲んで、ちょっとしたおつまみと料理一品で十分です。1時間のテーブル席であります。周りを見回すと、ほとんどがツーリスト客のようで、TripAdviserなどの口コミでもあるのでしょう。

ポルトのレストラン
入り口を入ったところ。床はモザイクタイル。下は入って正面にあるカウンター。

ポルトのレストラン

内装は黒っぽい太い木が柱になって、階上には錬鉄の柵が用いられています。ポルトのレストラン

壁には手描きの皿が飾られ、さながら昔のServejariaの雰囲気を醸し出しています。
ポルトのレストラン

テーブルも分厚い。
ポルトのレストラン

ビール党のわたしが喜んだのが、ビールのおいしかったこと!ポルト市内でわたしがお勧めする美味しいビールが飲めるところは、Campo AlegreにあるGalizaなるビアレストランなのですが、ここのもしこたま美味しかった!

ポルトのレストラン

何がと言うとビールの冷たい温度が変わらなかったということ。
通常ビアジョッキで飲んでると、冷たいビールの最初の一口はのどを潤してくれるのですが、料理を待って時間がたつにつれ、だんだん冷たさが損なわれていくのですが、ここのビールは恐らくコップでないこの器がいいのでしょう、食事の最後まで冷たいビールを味わうことができました。

ポルトのレストラン
前菜のPolvo com molho verde(タコをオリーブ油と酢に漬けたもの。量も二人には多すぎるくらいです。

出される皿類は北部Viana de Castelo産の手描きのものです。

ポルトのレストラン

わたしたちが頼んだ牛肉とBatata Fritaこと揚げポテト。

Brasão

最後はエスプレッソと付いてきた生チョコトリュフで仕上げ。
ポルトのレストラン

夫のご機嫌もすっかり治り、言うことなしの日曜日の食事でありました。

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