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2020年1月6日 

一休和尚のに、
「門松は 冥土の旅の一里塚 めでたくもあり めでたくもなし」

との狂歌があるそうですが、なるほどなぁ、と、感じ入っているのですが、正月早々縁起でもない、滅相もない、と、叱られるでしょうか(笑)

室町時代に生き、一休さんと親しまれた一休宗純が、反骨精神逞しく風狂の人であったとは、この知りませんでした。なかなかに奇行の多い人だったようです。

「有ろじ(うろじ)より 無ろじ(むろじ)へ帰る 一休み 雨ふらば降れ 風ふかば吹け」

有漏路(うろじ)とは迷いの多いこの世界、無漏路(むろじ)は悟りの世界。人生は迷いの多い仮の世界、あちらの世界への旅中ちょっと一休みのできごとゆえ、この世のことは、どうということもない、ととれるのでしょうか。

一休の名前はこれから取られたと言われます。

少し古くなりますが、2012年の放映されたNHK大河ドラマの「平清盛」の冒頭が、「遊びをせんとや生まれけむ 戯れせんとや生れけん」と始まっていました。当時わたしはいたくこの歌に惹かれたのでした。

これは平安時代も末期、後白河法皇編集の「梁塵秘抄(りょうじんひしょう)」と言われる歌謡集のひとつだそうです。

今でこそ日本人の寿命はのびましたが、昔の人は己の短い人生を達観していたのでしょう。

おさな子がしだいしだいに知恵づきて 
 仏に遠くなるぞ悲しき

南無釈迦じゃ 娑婆じゃ地獄じゃ 苦じゃ楽じゃ
どうじゃこうじゃと いうが愚かじゃ

と、ここまで読んで、大笑いしたのでありました。

88歳で往生した一休和尚の最後の言葉はなんと、「死にとうはない」だそうですよ。 この仮の世でもっと遊んでいたかったと死ぬ間際に駄々をこねるは、いかにも一休和尚さんらしいではありませんか。

つい先だって、新年の挨拶のメールで同年代のA氏に、こんなのを見つけた、あっはっはと書き送ったところです。

「70歳で迎えがきたら今留守だといえ 80歳で迎えがきたらまだ早すぎるといえ。90歳で迎えがきたら、まぁまぁそんなに急ぐなといえ。100歳で迎えがきたらぼつぼつ考えようといえ」

これで行くとわたしも同時代の友人たちも、我らは目下居留守を使っている人生ということでしょうねぇ、と。

一休和尚ではありませんが、わたしもあと10年、いや、できれば20年ほどは、この有漏路(うろじ)で遊んでいたいものです。

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2020年1月5日 

新年明けましておめでとうございます。

誤字誤字、校正し直しの際の誤りなど、ミスが多い拙ブログを読んでいただき、ありがとうございます。皆様のご健康ご多幸をお祈りいたし、今年も日々思ったことを綴ってまいりますので、どうぞよろしくお付き合いのほどをお願いいたします。

さて、この2日、3日は正月疲れが出て、二日間とも夜8時半ころ床に入り、起床は7時という、まるで赤子の如く、ひたすら眠りをむさぼっておりました。そうして体力回復、昨日の土曜日は仕事始めで日本語教室今年最初の授業をしてきました。

元々体力は大してなく、ガッツで物事をやりのけてきたわたしですが、この歳で、まだ働ける幸せを感じる新年です。これがもし、若い時からキャリアを持ち子育てもし、家事も一手に引き受けていたとしたら、果たして72にして今日のように仕事ができたかと自問すると、答えは否です。この三つのことを日々こなしている女性には感服します。

私の場合、子育て時代はひたすら子育てを、補習校時代は我が子たちといっしょに登下校し、よき仲間たちに巡り合えまだ余力があった62歳で退きましたが、その時その時、ひとつことに取り組んできたのが、日本語教室や影絵、文化展示会などのボランティア活動をする余力を生み出したのかなと思うこの頃です。

それが10年続いていますが、後10年続けられたら「生涯現役」と言えるでしょうか。もちろん、友人のI氏が言うように、体力はもう付けられないけれど今の体力を落とさないようにするための努力は必要です。

今日は映画、「マリーゴールドホテルであいましょう(The Best Exotic Marigold Hotel)」の続編で出会った言葉を紹介させてください。

イギリスで人生のほとんどをメイドとして使えてきた屋敷をお払い箱にされ、結婚もしておらず仕方なくインドにやってきて、偶然経営難のホテルの再建を支援することになったミュリエル(マギー・スミスが配役)がつぶやく最後のシーンの言葉、「There is no present like the time(時間は素晴らしい贈り物である、とわたしは解釈。There is no time like the presentをもじったもの)が、ひしと感じられる2020年の始めです。

今年も苦楽はあるでしょうが、なにがあっても人生はそれなりに素晴らしいと感じられるよう、2020年も生きたいと思います。
みなさまにも良き年になりますよう願って、新年のご挨拶にいたしたいと思います。

では、また。

2020年1月の夕暮れ
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2019年12月31日 

真夜中寸前のカウントダウンから始まり、年が明けると同時に花火が打ち上げられ、街は新年を祝する老若男女で溢れかえる欧米ですが、わたしは日本式の正月の迎え方の方が好きです。

あの日本独特の静寂な年越し、一夜明けた華やかなお正月が恋しくて、2018年2019年にかけての年末年始を過ごすために帰国したのですが、その時のことは下記にて綴ってあります。

40年ぶりの日本正月考: http://spacesis.blog52.fc2.com/blog-entry-2082.html

フラットの我が家は一戸建てと違い小さいのですが、それでも普段掃除が行き届かない箇所を含めて、ドア、窓、家具を拭き磨くとなると、結構時間がかかるものです。

朝から掃除を始めて何度か休憩をとりながら、最後はベランダに水を流し、夕方5時ころにやっと終わりました。

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少しでも日本の正月の雰囲気をと、ドアにはしめ飾りを。

玄関ホールには義兄の作品である大きな壺を置きました。
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クリスマスの大きな柊飾りがあった暖炉の上は、例年のように正月グッズを並べてみました。
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昨年のことをゆっくり振り返る時間もなく、もう晩ご飯準備の時間です。今夜は夫の甥一家の家に招待されていたのですが、先週末のクリスマス食事に続いてのにぎやかなのは、もうダメですね。

晩御飯から年明けまで 飲み食いしゃべり続け、新年の乾杯をしてまた飲み食いです。結婚式も一晩中ですから、祝い事とてこの歳になると体力消耗、かなり覚悟していかなければなりません。

それに、明日元日の昼食は少し豪華にしたいですから、早起きです。無理っすね(笑)

除夜の鐘は聞けないけれど、やはり静かに新年を迎えたいもので、大つごもりの今夜は夫と二人です。

実はね、毎年、夕食を片付けた後、わたしは真夜中までひと眠りするのです(笑) んで、12時近くになると、夫が「お~い、ユーコさん、そろそろカウントダウンが始まるよ」とお越しにきてくれます。

テーブルにのる簡単なつまみ、シャンペンは夫が用意してくれます。夜更かしがすっかりきかない年齢になりました。

では、ただいまから大晦日の晩御飯の準備をしますれば。
新年にお会いしましょう。みなさま、どうぞよい年を!
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2019年12月30日 

先週イブの24日から土曜日の28日まで、毎日のように外出の必要があり、帰宅してはクリスマス料理の準備などで、疲れること甚だし。

25日はアヴェイルに住む夫の姉宅に10人ほど集まるので、前夜からパイナップルケーキを焼き、例年の如く持参する巻きずしの具の下ごしらえでした。

nhk2014

写真はいまいちですが、久しぶりに作った十八番のパイナップルケーキは今回最高の出来でした。

翌朝は9本の巻きずしを作り、交換するプレゼントを持ってアヴェイルへ。ばたばたして巻きずしの写真を撮り忘れたので、義姉宅のデザートの写真をば^^;甘いものはこのテーブルだけでなく、他にもあるのでした。テーブルの横に見られる袋類はドサ~ッと置かれたプレゼントの一部です。

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26日にはすでにグロッキー気味でしたが、観るなら今でしょ!と、夫とショッピングセンターのシネマで、40年来ファンのスターウォーズ最終章を観て、帰宅が夜9時です。さすが、晩御飯は作れず珍しくTake Away.
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「ユーコさん、お茶でもしませんか」と、このところ会う機会がなかった補習校時代の同僚I氏からお誘いがあり、これも、今会わなきゃいつ会うのよ!と(何だか生き急いでいる感じだな^^;)、朝のお茶と相成り、27日朝10時半に、補習校時代によく行った学校の近くのカフェでおしゃべりです。やぁ、お久しぶりとコーヒーを飲んでお互いに近況報告。昼にはまだ少し早いけど、場所を変えカ生ビールで乾杯。カフェのはしごですわ つまみがなくてガックリだった(笑)

28日土曜日は今年最後の日本語授業です。
子供たち、いや、生徒たちに三角くじ引きをしてもらい、日本の小物のプレゼント、20個を用意して行きました。

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ところが、疲れていたせいで、番号を書いて糊付けしたくじを、2クラス一緒にしてしまっていたことに当日気づき焦りました。 が、そこは年の功、何食わぬ顔でなんとかごまかし、無事クラスを終えました。

いつもだと、夫が迎えに来てそのまま外食するのですが、当夜は、これまた年に一度のYY塾関係の忘年会。我ら夫婦とOちゃんのご主人も一緒の食事会です。

けど、日に2回もの外食はイヤですねん。そこで、もう何年も作っていなかった土曜日の昼ご飯というものを家で作ることになりましてん。後片付けして小一時間ほどのひと眠り後、予約を入れてもらってたレストランへ。 

これも疲れていたせいで、レストランの写真撮り忘れ^^; ん?疲れじゃなくて歳のせいじゃないかって?がび~~んでございます

昨日の日曜日は朝一番にツリーをはじめ、クリスマスの飾りを全て撤去し、新年を迎えるために、昨年の破魔矢は取り去りました。1年間ありがとうございました。

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鏡餅を飾るには29日と31日は避けるべきなのだそうで、今日ということに。なに、鏡餅っつったってうちのはミニチュアです。

というわけで、バタバタして疲れた数日、ショボショボの目の下にクマができてしまったわたしですが、明日は大晦日です。今ひと頑張りして、掃除に精出しましょう。

ではみなさな、晦日の本日はこれにて。

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2019年12月25日 

「クリスマス」をポルトガル語では「Natal」と言うのだが、昔はこの時期になると、各テレビ局はクリスマスに因んだ、じぃ~んと胸に響くような物語の放映でにぎわったものです。

旧約新約聖書に基づくものはもちろんのこと、クリスマスの時期をとりあげたドラマは、枚挙にいとまがないのですが、何度見てもその都度感動を新たにするものもいくつかあります。同じクリスマス物語でも、子供たちと一緒に楽しめるヒューマンラブストーリーの方にわたしはより惹かれます。

映画だけではなく、クリスマスに関した本もたくさんある中で、この時期のわたしの愛読書と言えば、O.ヘンリーの「賢者の贈りもの」とチャールズ・ディケンズの「クリスマスキャロル」です。

「賢者の贈りもの」
ニューヨークに住む貧しい若い夫婦がお互いのクリスマスの贈り物を買うだけの余裕もなく、毎日の生活に追われて暮らしているのだが、いよいよクリスマスが近づいてきたところで、夫は自分の父親から譲り受けて、今では鎖がなくなってしまった金の懐中時計を質屋に売り、妻の美しい髪をひきたてるであろう髪飾りを買う。

妻は、夫が人前で恥ずかしげに、鎖のついていない懐中金時計を覗き込んで時間を見ているのを知っていて、自分の素晴らしい金髪を、かつら屋へ行ってバッサリ切って売ってしまうのである。(昔は女性は髪を長くしておくものであった)そして、そのお金で、夫のために金時計用の金の鎖を買う。

そうして貧しいクリスマスイブの食卓を囲み、二人は贈りものを交換するのだが、妻が贈った鎖につなぐべき夫の懐中時計はなく、夫が妻の美しい髪にと贈った髪飾りをつけるべき長い髪がなかったのである。

O.ヘンリーは最後にこう結んでいる。「この二人こそ、世界中の誰よりも、クリスマスの贈りものの真の意味を知っている」と。「賢者の贈りもの」の「賢者」とは、イエス・キリスト生誕の時、それを祝って空に輝く大きな星を道しるべに、東方からはるばる旅して贈りものを届けに馬小屋にたどり着いた三人の東方からの賢者のことである。

ディケンズの「クリスマス・キャロル」は、初めてその本を手にした時から40年近くを経た今でも変わらずわたしの愛読書のトップ。 「人は変われる、遅すぎることはない」という教訓を思い起こさせます。 

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スクルージ老人は、金持ちでありながら大変なケチで有名である。事業の共同経営者兼、世界で唯一の友であったマーレーが亡くなってからと言うもの、益々吝嗇(りんしょく)に、偏屈に、そして人間嫌いになる。「クリスマス?ヘッ!」なのである。

クリスマスの時期に慈善院や教会から寄付のお願いがあってもビタ一文たりとも出さない。長年雇用している事務職員ことボブには、最低賃金しか払わず、冬の事務所を暖める燃料の使用量さえケチって、使わせる量は微々たるもの。ボブは厳寒の中、凍えそうな両手を擦り合わせて事務を執るのである。

ボブには、足の病気を持つ幼い子供ティムがいるのだが、スクルージがくれる安月給では、ティムの手術もしてやれない。

そんなスクルージの前にある夜、過去、現在、未来の3人のクリスマスの精霊が姿を現し、スクルージに過去、現在、未来の三つのクリスマスを見せてくれるのである。

貧しかったが幸せだった子供のころのクリスマス、薄給であるにも拘わらず、文句を言わず心優しいボブ一家の貧しい食卓とティム坊やの現在のクリスマス、自分の葬式だと言うのに町の誰一人として出席者のいない未来のクリスマス。

年老いたスクルージは、生まれて初めて自分の生き方を激しく後悔するのである。そして目覚めた彼は・・・・
              
という話なのですが、写真はわたしが1973年11月9日に大阪で買ったと扉に記されてある英語版の「クリスマス・キャロル」の表紙。もう色も黄ばんでボロボロになっていますが、クリスマスの精霊と寝巻き姿のスクルージです。わたしは、この絵のスクルージに何故かとても惹かれます。

幼い頃、若い頃の貧困から抜け出すために、守銭奴になったのでしょうが、根っからそうなのではなく、本来は人恋しいという人間性がこの絵の表情に表れているような気がしてなりません。
 
近年クリスマス番組もすっかり変わってしまいました。このような物語は心が洗われる気がするわたしですが、お涙ちょうだいものは、今の世では受けないでしょうか。 賑やかなコメディものもいいのだけれど、古くからの真のクリスマス精神をこういう時期にこそ紹介してくれたらいいのにな、と、クリスチャンでもないわたしですが、思います。

さて、今日はアヴェイロに夫の兄弟家族が集まってNatal(クリスマス)の昼食です。今からわたしは持っていく定番の巻きずしを7、8本作ります。

ではみなさま、メリー・クリスマス、Feliz Natal(フェリース・ナタル)
神を信じる者も信じない者も、今日のこの日祝福がありますように。

この記事は過去に書いたものに手を加えて再投稿しています。
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